さえ冷静に、その奇妙さを分解したりもしました。芝居が終り写真をうつしたりしました。私はその時既に死を決していたのです。決して、単なるセンチメンタルではない。自分で自分の犯した罪を背負いきれなくなり、もうこれ以上苦しむのはいやだと思ったのです。その時。私は青白き大佐と、少しのみにゆきました。ふぐなどを食べ、その時はもう静かな気持で居たのです。あくる朝、芝居の後始末でごたごたした日を送り、その翌日、私は夜おそく、作曲家の友人から電話をもらったのです。鉄路のほとりの手紙をうけとっているということです。私は、翌日届けてくれるようにつげました。でもその手紙に期待はしなかったのです。いろんな事情で、私はやはり当然自分を死なせるべきだという気持だったので。でも、それでも早く手紙がみたいのでした。机のあたりを整理して、金銭の(借金)勘定もし、焼却するものもまとめたりしました。私の友人のある令嬢が訪ねて来たのは、その日でした。私の表情から何かをとったのでしょう。いつもなら、笑顔でむかえるのに、むっつりしているし、彼女の話はうわの空だったのですから。彼女は、私が変った、とかそんなことを云ったようです。私は随分ひどいことを、ひどいというのは彼女の気持を察しないではないんです。でも本当のことをずけずけ云いました。彼女は泣いていたようです。その夜、研究所で、私は、鉄路のほとりの手紙をうけとりました。それはもう書けません。
小母様、私にとって全く悲しい手紙であったのです。しわくちゃにまるめました。けれど、その夜、又よみ返しました。私は、私の心の中に喜びも発見出来たのです。彼は私を愛してくれています。私はそのことを感じることが出来たからなんです。感じることが出来たのですよ。小母さん。
今、ファイアーエンジンが通りました。犬が鳴く、風の音、吸取紙はもうとてもよごれっちまっている。私の心は静かです。平安です。書いているうちに、静かになって来たんです。もう三時頃じゃないかしら。小母さんまだまだつづくのです。そうだ小母さん。その翌日。私は小母さんの家を訪問したのじゃないかしら。そして二十人目のことをきいたのだろうと思うわ。アルベニスを弾くって云ったわね。あの音譜、青白き大佐とかいにゆき、彼があの音譜の一頁目に、青白き大佐と共に(Avecun pale Colonel)と書いてくれたわけ。それは、ミローの歌曲のある一つの詩の一節に出て来るんです。ところが、この詩の曲は、レコードには省かれています。(このレコードのことは後に出てくるんです)
小母さん。小母さんと二人で、あの日、喋ったことは、さっきちらと書きました。私の苦しみ、せめ、それを、私は洩らしたのですね。それから家族のこと。生きてはゆけない気持のことを。あの日、あれから、大阪へゆきました。鉄路のほとりに会うために、彼に電話をしました。
――いや、小母さんの家へ行ったのは、その次の日だったかな。少しわからなくなりました。というのは、青白き大佐と、富士正晴氏と一しょに居た記憶もあるようですが――とにかく、鉄路のほとりの居るところがわかり、彼は、八時頃まで仕事があるといいました。唯、会いたいから、会ってほしいと云ったのです。私は、いつもゆくその喫茶店――レコードを鳴らしてくれるところなの――で八時迄まつことにして、それよりおそくなれば、他のところということにしました。私は、紙と封筒とペンを用意してました。鉄路のほとりに手紙をかきました。――真実のことを、感じてほしい。だけど会っても、あなたは感じてくれない。だからもう会わない。本当だということをあきらかにするだろうところの一つの行動を私はとります。私は幸せ。あなたの愛を感じ、あなたを愛する自分の気持も誰にだってほこれるものだから。だけど、唯それを感じてもらえないことは、不幸せかも知れない――というような手紙です。ドビュッシーの海をやってました。私は、青白き大佐に、契約破棄の文章をかきました。それは糊づけしないで、自宅へ帰って、契約書をいれるべく、心得てました。それから、富士正晴氏にかきました。私の原稿二つ、彼の手許にあるのは、発表しないでほしい、ということ。それから、私の友人の令嬢へ、やさしい手紙を。それだけ書き終えた時、喫茶店の主人が、いたずらがき帳をもって来てくれました。何かかいて下さいと。私はホットウイスキーをのんでいたし、多少、私の死と結びつけて考えられたので、いたずら書きをしました。いつもの皿に絵をかく調子で、さらさらと、海の中のと、花鳥の群とを。八時十五分頃、そこを出て、青白き大佐が、九時にまっているという喫茶店へ自動車をとばし、今夜は会いませんという置手紙をして、鉄路のほとりと会うところへ行きました。そこは緑の島の仕事場なのです。然も、私が依頼し
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