、鉄路のほとりに会いたい気持で一ぱい、大事な仕事が山積のようにあるのにかかわらず、大阪へ行ったのです。よく行く喫茶店へゆきました。彼が居そうな気がしたんです。ドアを押しました。鉄路のほとりは、女の人と一しょに話をしてたんです。私は途端に、かあっとなった。今から考えると私は実にあわて者。だけど、すぐそうなるの。それがたとえ、彼の妹であろうとも。私は会釈をかろうじてした。知ってる喫茶店の女の子が、何その風呂敷? と私にきいた時、たいこ、とこたえる声が自分でかすれてるのを知りました。はなれたコンパートメントにこしかけて、私は煙草に火をつけて、胸の中でガタガタ鳴っているものを落ちつかせようと努力しました。しばらくして、――その間、私は鉄路のほとりの方を、ちっともみなかった――鉄路のほとりは私の傍へ来ました。五時に来るからまってて、と彼は云いました。私はうなずいた。だけど待つ気はなかったのです。ドアのきしむ音、二人の足音がもつれ合って出て行く。私は、コーヒーをのみ、気持をおちつかせました。私の次の行為、緑の島へ電話をしたのです。全く、衝動的に受話器をとりあげたのです。緑の島は居合せました。私はおいそがしいですか、とききました。暇だと云うのです。そして出かけて行くと云うんです。私は、居所を教えました。丁度、私の友人の作曲家――度々この人のことが出て来ますが――の仕事を頼む口実があったわけで、緑の島は、その仕事を一つ、持って来てくれたのです。私達は、自動車で別れた日以来、半月ぶりで会ったのです。穏やかに語らいました。主なことは音楽の話でした。それから、線の島の仕事のこと。次から次から、話はつきません。だけど小母さん、私達は、静かに話し合っているのですよ。お互いにお互いの心をほしいとは思わないんです。それは、もうすでにすぎた恋だったわけ。小母さん。やはり終っちまった恋でした。それでよかったんだ。私は、ほっとしたんだ。だから五時迄に彼が帰ることをねがった。やはり、私は、鉄路のほとりを待つ気になったのです。しかし。五時五分前。私は時間をきいた。喫茶店の女の子が、五時五分前をしらせてくれた。その時、緑の島が、のみに行こうと云ったのです。私は何てみにくい女でしょう。緑の島に対して、何らの感情をもたないままに、一しょに外へ出たのです。鉄路のほとりに名刺をかいて、勿論、緑の島には気づかれぬように。何てみにくい私の姿。帰りたくなったから帰るという、いやな言葉を名刺にかいて、濁ってきたない私。緑の島と私はのみにゆきました。そこでも、おだやかに喋ったもんです。ピアノがおいてあって、アルバイトの音楽学校出身だという女の人が、ショパンを弾いでるのをお互いに苦笑してきいていた。まずいショパンだったから。そして、子供の話をしたんです。青白き大佐も私も子供をピアニストにするって云っているのですと。しらじらしく。まるで、自分の心に存在しない問題を。平気で。私は、もう自分をうんとみにくくして、自分で苦しんだらいいんだと思ったのです。自分の心、感情と、自分の行動との、ずれがひどくなる一方。不均衡な不安定な、いやあな気持に自分をおいて、自分に対して、唾をはきかけ、自分に対して、あしげにして、何といういじめ方。
小母さん。私はどうしてこれ程までに、自分を自分でみじめにしなきゃ済まされないのでしょう。私をみじめにしないで、と何度も鉄路のほとりに云いました。けれど、考えてみると、自分で自分をみじめにしているんです。
――お互いに、おいらくの恋みたいね――
と緑の島と私は握手をして、駅の近所で別れました。
私は神戸へもどりました。着物を着替えに家へ帰り、さて、今夜徹夜の舞台稽古へ、十一時前に行くことにしたのです。行くほんの少し前、青白き大佐より電話がかかり、喫茶店で少し喋ってから一しょに会場へゆきました。青白き大佐には、何でも云うから、今日の出来事もつげました。だけど、彼さえも、私の自虐的な、みじめな、けがらわしい行為を、すっかりはわからなかったでしょう。彼は、よく私を理解しているようでしたけど、やっぱり、心の底までわかりはしなかったと思います。会場へ行った私は、演出する人から、鉄路のほとりが神戸へ来ていることを知りました。一刻も早く会いたい。そして一刻も早く、私のみにくさを告げて、ゆるされたい、そう思ったのです。鉄路のほとりはのみに出かけたらしく、又帰って来るということを知りました。その間、仕事のことで多忙。だけど私の心は、仕事のことなど考える隙さえなかったのです。楽屋へはいり、気持のいらだちを、お薬をのんでごまかそうとし、太鼓の具合をしらべ――これは青白き大佐がたたくことになってたのです――さて、又、もう帰って来るだろうと舞台の方へあがったのです。いました。彼は、仕事を、装
前へ
次へ
全16ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久坂 葉子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング