にいたらせる一つの原因にでもなるんでしょうから。一番大きな原因と云えば、勿論、厭世でもなく、愛情の破局ですけれど。
小母さん。今ちらと、小母さんと共にすごしたあのふんいきを思い出しました。いつもいつも花がありましたね。小母さんは花が好きな人。田中澄江さんという劇作家の人の作品には、必ずのように花が出てくるそうです。だけど、小母さんと花の方が、もっともっと近よったつながりがあるみたいだと思います。
さて、もとへ戻して。
小母さん。私は三人の人が私の心の中でメリーゴーランドのように、ぐるぐる私のまわりを舞い出しているのを、おだやかな気持で見てはいなかった。だけど、それは長くはなかった。私は新しく恋をした人に、すべて、私の心がひきずられてゆくようになったのです。青白き大佐とはよく会いました。だけど、まるで私はいつも他のことを考えてたようです。子供が生れたら、ピアニストにするんだなんて冗談を云いながら、私は、彼の子供なんか、生める筈はない。生みたいと思わない。と心の中で思ってました。だけど、気にかかることが一つあったのです。何故、彼が、すぐに結婚すると云わず、二十九年にしたかということです。ああ、その告白をきいた時、私は身ぶるいをした位です。このことは、世界中に私しきゃ、大佐と私しか知らないことなんだ。だから、やはり、ここに書けない。唯、一人の女性がからんでいる――私の知らない――ということだけをのべましょう。私はその話をきいて、彼が不幸だと思いました。そして、私のような罪深い女――その時すでに、私は、過去の人に対する罪悪感と、新しく恋をした人に対する罪悪感とで、苦しんだのですから、過去の人に一生あなたを愛すると思い、告白し、新しく恋をして彼の愛情にそむいたこと。それを、心の隅にのこされている過去の人へのやはりわずかな愛情を、新しい人へそむいてるみたいな気がして。――と一しょになって、慰め合うことが、いいのじゃないかとも思い直したりしたんです。そのちょっと前に、私が非常に愛しはじめた――その人のことを、鉄路のほとり、と呼びましょう。彼は高架の下のしめった空気がすきなんだから――その人、鉄路のほとり、とのある心の事件があるんです。異人街の道をあるき、別れる時に、彼の過去をきいたのです。勿論、すでに私の過去を彼は知っているんです。誰ということも。鉄路のほとりと、私の過去の人、かれを緑の島と呼びましょう。沖なわ節をよくきかせてくれたから――とは知り合いなんです。それはさておいて、彼の告白は痛く私の胸にささりました。というのは、どうして、キャタストロフがきたのかと尋ねたら、お互に嫌になったんだ、と彼はこたえたのです。そんなことあるでしょうか。そんな恋が存在するのだろうか。そして、その彼女、私はみたことがあるんですが、彼女と鉄路のほとりとは毎日のように顔をあわしているんです。平気でおそらく喋ることもするだろう。何てことでしょう。まるで不透明。まるで馴れ合いの恋なんだ。嫉妬深い私、だけど、私は嫉妬したりはしなかった。唯、いやなことをきいてしまったと思ったんです。本当のところ、私はすこし彼への愛情がへっちまったようでした。翌日会った時、あなたがわからなくなった。と私は云いました。恋って、もっと真剣なものである筈。
そんな私の心の動きがあったため、青白き大佐に、ある感情――つまり一しょになっていいだろう――を持ったのです。
小母さん。退屈? でも辛抱して下さい。私は書きつづけます。今、麻雀が終ったらしく、家族の人が、点棒のかん定を大きなこえで云い合ってます。
私の心は穏やかではなかった。ざわついていて、神経がぴりぴりしてて、いつも空虚のようで、いや又反対に一ぱいにつまりすぎている心。恋愛のことの他に、仕事が出来ない。書けない。家庭のこと。そんなことも余計に神経をぴりぴりさせた原因にもなるでしょうが、とにかく一刻として落ちつきがなく、日常には、義務的な仕事が多く。というのは、私の芝居が上演されることになったんです。間近にせまっている。その芝居の音楽を作曲し、弟にトランペットをふかすこと、太鼓のアレンジ。切符のこと、税務署に文句をつけられたり。朝から五六本も電話がかかる。新聞のコントたのまれる。この二月に描いた、唐津での陶器がおくられ、その代金を書留で送ったところ、郵便局の手ちがいで、何度も念を押しにいったり、私は、実にオーヴァーワーク。疲れてるから、ますます神経が鋭敏になり、いらいらする。
さて、舞台稽古の日になった。十二月の十二日。私は、太鼓をかりに、知人のところへ行き、太鼓をかりた。小母さんのところにも寄ったんだっけ。かすりの着物をきてた時よ。私の描いた帯しめて。御影の駅で、木綿の大きな風呂敷に太鼓をつつみ、それをもって、その時、私は
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