幾度目かの最期
久坂葉子
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)又|掩《おお》い
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)又|掩《おお》い
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
−−
熊野の小母さんへ。
あなたには四、五年も昔から、よくお便りしてます。けれど、こんな殺風景な紙に、宿命的な味気ない字を書くことは、はじめてです。いつも、信州の紙とか、色のついたアート紙に、或いはかすれた筆文字で、或いは、もっと、面白くきれいな字――いやこれは、おこがましいかな。でも、あなたは、私の字を好んでくれました。――で、お便りしたものです。何故、この紙を選んだか、おわかりですか。実は、あなたにたよりしている気持で、私は、おそらく今度こそ本当の最後の仕事を、真剣になって綴ろうというのです。これは富士正晴氏の手に渡るでしょう。そして、彼の意志かあわれみで同人雑誌のVILLONか、VIKINGに印刷されるでしょう。その活字が、あなたの手許におくられるだろうと思います。VIKINGの同人、宇野氏が、あなたを御存知だから。私はこれを、二十二日、つい六日前に書いた〈鋏と布と型〉という舞台のものを、もう一度、あらためて、私の最後の仕事にするつもりです。これは、小母さんに関係のないことだけど、その芝居は、もし上演されるなら、私が暫くなりとも籍をおいて、既に愛着を抱いていた、現代演劇研究所で上演してほしいものです。役は、マネキンを川本さんに、彼女は音楽的な感覚をもっているし、舞踊が出来るんだ。ついでに、私ののぞみもつけたしたら、おどけたアクションをつけてほしいこと。デザイナー諏訪子は、私のはじめての芝居〈女達〉の、久良良をしてくれた前田さんに、音楽は、徳永さんにしてほしい。それから、演出は、くるみ座の北村さんが、してくれるなら、ぜひしてほしいのだ。私がするつもりだった。彼は、おそらくやってくれるだろう。この原稿も(芝居の)VILLONかVIKINGに、富士さんは、のっけてくれるだろう。
小母さん。この原稿全部、あなたの興味ないものかも知れないことだけど、とりあえずよんで下さい。
今、九時二十分頃でしょう、今日は十二月二十八日。御宅へ御邪魔して、神戸へ戻り、メコちゃんという、屋台の焼とり屋で、一本コップ酒、四本の、かわつきのとりを食べ、そこから、七十円で帰ったの。メコちゃんのところで、私は、こんな会話を、知らない客といたしました。その客は、三人居て盃一ぱいの酒と、ピース二本くれたんです。
「どっか、近いところで、雪がうんとつもっているところ、知らない?」
「神鍋」
「スキーしにゆくんじゃないの、雪見にゆくの、人の居ないところ」
私は、そう云いながら、真白につもった雪の中を、ゴウ然とはしる汽車の音を、想像しました。
一人の男は、簡単な地図をかいてくれました。神鍋の近所なんです。だけど私は、その地方に魅力がなかったもんで、びわ湖の附近に、静かな雪のところがないかと云いました。別の一人が、
「タケオがいいよ」
タケオとは武生とかくんだそうで、米原の先、北陸線だそうです。私は其処へ行こうときめたんです。
風邪をひいていて、のどがからからします。叔父達がきて、八畳の間で、麻雀をしてます。私は、部屋で、いろりに火をたき、湯たんぽを足にいれて、今、書いているんです。
小母さん、一月四日、再会を約束しましたね。ごめんなさい。今日はいい日でした。ちっちゃい御弟子さんが、ソナチネなどひいている間、私は昔を思い出しました。やっぱりソナチネをやったのですもの。みんな知ってる曲ばかり。でも私の方が、ちょいとばかりあの頃、うまかったようです。さて最後に、私は、アルベニスをひきました。つい先達ての日、大阪の笹屋で、楽譜をもとめたばかりなので練習不足だし、弾きなれないピアノで、ソフトペダルが、とてもききすぎて、戸惑っちまい、不出来だったと思います。三曲とも、とても好きな曲です。タンゴには、少し思い出などあったりしてね。さてその後、御馳走をいただき、お遊びをして。でも、私は、まるで、他のことばかりを思いつめてました。
小母さん。この前にうかがった時、実は、もうお目にかからないつもりだったのです。門のところで握手して下さいましたね。
うんと苦しんで、その苦しみが、あなたを生かすでしょう。小母さんの御言葉を、その時、二人でガスストーヴをはさみ、煙草をすってましたっけ。そのお言葉を記憶してます。私は、二十二日、(その日の三日位後ですか)に、黒部へ行って自殺しようと決めてたのです。ああ、火がとてもよくおこってます。小母さん。小母さんの御言葉は、むごい程よ。苦しむのは、私もうまっぴらなんです。苦し
次へ
全16ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久坂 葉子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング