なんかしないわ。一プラス一がたとい三になっても二に足らなくてもいいわ。割切れないものは確かにあるのですから」
「自分のことで割切れないものがあって、よく、生きてられますね」
「あら、割切れなさがあるから生きているのですわ」
「わからん。わからん」
南原杉子は、この男と恋愛してはならないように感じた。その時、
「でも僕はあなたが好きになりました。僕は全く知らない世界に住む人のように思えるからでしょうか」
二人は酒場を出た。
「強いんですね」
「酔えないことは悲しいですわ。少し位、いい気持なんですけど、私、時々、自分をすっかり忘れたくなるんです。前は度々そういうよい心地になることが出来たんですけど。音楽をきいても、景色をみても。でも、駄目になったわ。絶えず自分があるんです」
「僕はもともと人生に酔いを知らない男だけど。物をみる時に決して主観をいれてみませんね。僕は音楽でそれを知った。ノイエザッハリッヒカイトってやつですよ。それは、生き方の解釈法にもなっている」
「強い人ね。悪に於いておや」
突然、仁科六郎の手と、南原杉子の手がふれあった。握り合った。とあるホテルの前であった。
南
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