告げた。けれども仁科夫人を招待するとは云わないでいた。
「六ちゃんに、あなたから伝えて下さいませね、ぜひ、カレワラへ七時にね」
 蓬莱和子は、南原杉子に対して憎しみだけは依然として内部にもっていた。そして、土曜日に、南原杉子が、うろたえた姿を想像してみた。蓬莱和子は、南原杉子と仁科六郎の恋愛を認めていたからなのだ。そして、夫婦のつながりが、案外強靭でゆるがないものであることを、南原杉子にみせつけたかったのだ。彼女は、仁科夫婦をみて、嫉妬する南原杉子を考えていたのだ。

 仁科六郎と会った阿難は、土曜日の招待の話をした。
「他人の目のあるところで、あなたに接するのはとてもいやよ。でも、行きたくないけど行かなきゃならないわね。阿難は、仮面かぶらなければならないの、阿難は、阿難をその間葬ってしまうのがかなしいわ」
「僕だって行きたくない。だけど行かねばならないね、僕達の間が永続するように、ありのままの姿を、他人の前にさらけ出すことはさけなきゃならないよ。とにかく、行こう。阿難は、蓬莱氏を知らないだろう? いい人だ」
 瞬間、南原杉子が表面にあらわれた。
「一二度、カレワラで御目に掛ったわ」
 沈んだ声であった。阿難は何か云いたいのだ。告白。だが、南原杉子は懸命に押えた。

 蓬莱建介はいよいよ明日に土曜日がせまったことを知った。だが、もう心配はしなかった。南原杉子が何を云うことが出来るか。仁科六郎の前なんだから。だが、電話がかからないのは少し癪にさわる。まあいい、いずれは終りが来ることなんだ。

 土曜日が来た。仁科たか子は、郵便受から速達の手紙をうけとった。仁科六郎が出勤した後である。
「先日は突然御邪魔して失礼しました。さて、明土曜日の夜七時、ささやかな御招きを致し度く、せいぜいおいで下さいますように。急にとりきめましたことで、御都合もいろいろおありのことと存じますが、何とぞ御出まし下さいませ。御主人様には御電話で御招待いたします」
 カレワラの地図がはいっていた。たか子は不審に思った。この手紙をかいたのは、昨日の夕方。消印が六時になっている。それなら、夫六郎のところへ、夫人同伴でと招待の電話をすればすむことなのだ。彼女は、夫に電話をして問い合せようと思った。けれど、何か、夫の背後に、そして蓬莱和子の背後に、あやしいものがありそうな気がした。留守番を、近所の妹にたのん
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