はあわれまれているとは気付かない。そして行動だけで妻にこたえる。その日は、階上と階下別々に寐た。建介は、南原杉子の言葉を思い返してみた。彼女は、彼が妻を愛しているのだと云い、妻も本当は彼を愛しているのだ、と云ったのだ。建介は自分に問う。
 ――俺は、ワイフが世間体に俺のワイフであってくれさえすれば安心なんだ――
 そして、寐返りをうつともう眠っていた。

     八

 待合せの時間よりも二十分も前に、南原杉子はカレワラにあらわれていた。蓬莱建介を待つのである。蓬莱和子は、御客の一人と親密に話をしていたが、南原杉子の方に朗かな声をかけた。
「お杉。まあまあ今日は、すっかりかわった感じね」
 南原杉子は、髪毛を派手にカールして、その上、御化粧もくっきりあざやかにほどこしていた。いつもの直線的な洋服ではなく、衿もとにこまかい刺しゅうのある絹のブラウス。そして、プリーツのこまかいサモンピンクのスカート。手には赤いハンドバッグ。白い手袋の下からちらつく、赤いマニキュア。
「先達ては御主人様に御馳走になりましたのよ」
「そうですってね。お杉、おいそがしいでしょうけど、ちょっとあれと遊んでやって下さいね」
 南原杉子は川に面したテーブルの近くに腰かける。蓬莱建介とまちあわせだとは云わない。冷いのみものを注文して、彼女は川をみる。
 ――仁科六郎、昨日あった時、ひどくやせたみたいだったわ。口数もすくなかったし、阿難は心配だわ――
 ――阿難、今日、斯うして別の男と媾曳することはいけないかしら――
 ――そうよ。阿難は罪を犯してるような気がするわ、たとい、今から媾曳するのが、南原杉子であっても、阿難はいやなのよ――
 ――だって、蓬莱建介を愛しちゃいないのよ――
 ――それでもいや、さ、彼が来ないうちに、帰ってしまいましょうよ――
 南原杉子は、少し腰をうかした。が、又煙草に火をつけて落ちついた。ドアがあいた。蓬莱建介がはいって来た。
「まあ、先達てはどうも御馳走様。今日はおひとり[#「おひとり」に傍点]?」
 蓬莱建介は少し渋い顔をした。妻和子の手前。
「偶然ね。私もひとりよ」
 南原杉子は、にやにや笑う。
「ちょっとのぞいてみたんだ。おい水くれ」
 彼は女の子に水を注文した。蓬莱和子は、笑っている。彼は、二人の女性が何かたくらんでいるのではなかろうかと思った。蓬莱和子の客は帰
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