、屹度、いらいらさせるばかりよ」
「経験もないのに」
「自分の性格で推測することは出来る筈」
「じゃ恋愛は」
「します。でも結婚しません」
「恋愛には自信があるのですか」
「あなたは理攻めね。恋をすれば、その日から、自信なんてありませんわ。生きてゆくこと。仕事には自信あってもね。恋をすれば盲目的になります」
「あなたが? 本当ですか」
「本当よ」
南原杉子は、本当よと云いながらおかしな気がした。彼女は、自分を盲目的な女にならせることが出来るのだから、本当に盲目的になりきるわけではない。そのことに気付いたのだ。
「あなたは恋愛結婚なさったの」
「いや、見合い、一回の」
「何年になるの」
「四年」
「お子さんあるの」
「まだ。ほしいですよ」
ふと、南原杉子は笑いを洩した。仁科六郎の視線に気付いて、
「いえね、あなたの恋愛はどんなのかと想像したの、可能性の限界を究めた上での恋でしょう。一プラス一は二になるのでしょうね」
「みぬきましたね。確かに一プラス一は二にしなきゃすまされない男です。すべてにおいて」
「詩人じゃないわね。やっぱり放送屋ね」
「あなたはどうです」
「私。自分の行動に計算なんかしないわ。一プラス一がたとい三になっても二に足らなくてもいいわ。割切れないものは確かにあるのですから」
「自分のことで割切れないものがあって、よく、生きてられますね」
「あら、割切れなさがあるから生きているのですわ」
「わからん。わからん」
南原杉子は、この男と恋愛してはならないように感じた。その時、
「でも僕はあなたが好きになりました。僕は全く知らない世界に住む人のように思えるからでしょうか」
二人は酒場を出た。
「強いんですね」
「酔えないことは悲しいですわ。少し位、いい気持なんですけど、私、時々、自分をすっかり忘れたくなるんです。前は度々そういうよい心地になることが出来たんですけど。音楽をきいても、景色をみても。でも、駄目になったわ。絶えず自分があるんです」
「僕はもともと人生に酔いを知らない男だけど。物をみる時に決して主観をいれてみませんね。僕は音楽でそれを知った。ノイエザッハリッヒカイトってやつですよ。それは、生き方の解釈法にもなっている」
「強い人ね。悪に於いておや」
突然、仁科六郎の手と、南原杉子の手がふれあった。握り合った。とあるホテルの前であった。
南
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