きませんからね。」
といった。女も笑いながら迎えていった。
「花城《かじょう》さん、暫くね。今日は西南の風が吹きますから、その風に乗っていらしたのでしょ。男のお子さんが生れたってね。」
花城はいった。
「また女の子よ。」
翩翩は笑っていった。
「花城さんは、瓦竈《かわらがま》ね。なぜ伴《つ》れてらっしゃらないこと。」
花城はいった。
「さっきまで泣いてましたが、睡ってしまったからそのままにして来たのですよ。」
そこで二人は坐って酒を飲みだした。花城は羅の方を見ていった。
「若旦那、あなたは美しい方を手に入れましたね。」
羅はそこで花城を精《くわ》しく見た。それは二十三、四の美しい女であった。羅は花城が好きになったので、木の実の皮をむく時わざと案《つくえ》の下へ落して、俯向《うつむ》いて拾うようなふうをして、そっとその履《くつ》をつまんだ。花城は他の方を向いて笑って知らないふうをした。羅はうっとりなって魂を失った人のようになったが、にわかに着物にぬくみがなくなって、寒くなったので、気がついて自分の着物を見た。着物は黄な葉になっていた。羅はびっくりしてほとんど気絶しそうになったので、いたずら心もなくなって、きちんと居《い》ずまいを直して坐っていると、だんだん変って来て故《もと》の着物になった。羅は二人の女がそれを見ていなかったので安心することができた。しばらくして羅は花城と酒のやりとりをすることになった。羅はまた指で花城の掌《てのひら》を掻《か》いた。花城は平気で笑いながら冗談をいってわけを知らないふうであった。羅はびくびくして心配をしていると、着物はもう葉になってしまったが、しばらくしてやっと故のようになった。それから羅は恥かしくなって妄想しなくなった。花城は笑っていった。
「あなたの家の若旦那は、たいへん身持ちがよくありませんね。あなたのようなやきもちやきの奥さんでなければ、どこへ飛んでいくか解らないのですよ。」
翩翩はまた笑っていった。
「うわき者は、すぐ凍《こご》えて死んでしまうのですよ。」
二人は一緒に掌《て》をうって笑った。花城は席を起っていった。
「うちの女の子が眼を醒《さま》して、たいへん啼《な》いているのでしょう。」
翩翩もまた席を起っていった。
「よその家の男を引張ろうと思って、自家の子供の啼くのも忘れていたのでしょ。」
花城はもういってしまった。羅は翩翩から責められるのを懼れていたが、翩翩は平生とかわらない話をして他に何もいわなかった。
間もなく秋も末になって風が寒くなり、霜がおりて木の棄が落ちてしまった。翩翩はそこで落葉を拾いあつめて寒さを禦《ふせ》ぐ用意をしたが、羅が寒そうに体をすくめているのを見ると、※[#「巾+僕のつくり」、第3水準1−84−12]《ずきん》を持って洞穴の口を飛んでいる白雲をとり、それで綿入れをこしらえてやった。羅がそれを着てみると襦《はだぎ》のように温いうえに、軽くふんわりとしていていつも新らしく綿を入れたようであった。
翌年になって翩翩は男の児を生んだ。それは慧《りこう》できれいな子供であった。羅は毎日洞穴の中でその子供を弄《いじ》って楽しみとしていたが、その一方ではいつも故郷のことを思っていた。羅はそこで翩翩と一緒に返りたいといいだした。翩翩はいった。
「私は一緒にいくことができないのですから、帰りたいならあなたが一人でお帰りなさい。」
羅はしかたなしに二、三年そのままにしていた。そのうちに子供がだんだん大きくなったので、とうとう花城の家の子供と許嫁《いいなずけ》をした。羅はいつも叔父が年を寄《と》って困っているだろうと思って気にしていた。翩翩はいった。
「叔父さんは、ひどくお年をとっていらっしゃいますが、しあわせなことには達者ですから、心配しなくってもいいのです。子供が結婚してから、帰るならお帰りなさい。」
翩翩は洞穴の中で木の葉に文字を書いて子供に読書を教えた。子供は一目見てすぐ覚えてしまった。翩翩はいった。
「この児は福相がありますから、人間の中へやりましょう。大臣にならなくても心配することはありませんよ。」
間もなく子供は十四になった。花城は自分で女《むすめ》を送って来た。女は華やかに化粧をしていたが、その容光《きりょう》が人を照らすほどであった。羅夫婦はひどく悦んで、一家の者を呼びあつめて酒盛をした。翩翩は釵《かんざし》を扣《たた》いて歌った。
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我に佳児《かじ》有り
貴官《きかん》を羨《うらや》まず
我に佳婦《かふ》有り
綺※[#「糸+丸」、第3水準1−89−90]《きがん》を羨まず
今夕首を聚《あつ》む
皆|当《まさ》に喜歓すべし
君がために酒を行う
君に勧む加餐《かさん》せよ
[#ここで字下げ終わり]
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