いていた。竇が入ってゆくのを見ると公主は衿にとりついていった。
「あなたは、なぜ私をすてておくのです。」
竇は公主がいたましくてたまらなかった。そこで腕に手をかけて抱きかかえるようにしていった。
「わたしは貧しいから、立派な邸宅のないのを慚《は》じます。ただ茅廬《あばらや》があります。しばらく一緒に匿《かく》れようではありませんか。」
公主は目に涙をためていった。
「こんな場合です。そんなことをいってる時ではありません。どうか早く伴《つ》れてってください。」
竇はそこで公主を扶けて宮殿を逃げだしたが、間もなく家へ着いた。公主はいった。
「これなら安心です。私の国に勝っております。私はこうしてあなたについてまいりましたが、お父様とお母様はどこにおりましょう。どうか別にも一つ家をたててください。国の者も皆まいりますから。」
竇は貧しいので急に家を新築することはできなかった。竇は困った。公主は泣き叫んでいった。
「妻の家の急を救ってくだされないで、夫がどこに必要です。」
竇はそれをなぐさめて自分の室へ入った。公主は牀《とこ》につッぷしたなりに啼《な》き悲しんでよさなかった。竇は心を苦しめたが他に手段がなかった。と、急に目があいた。竇は始めて夢であったということを知った。そして、気がつくと耳もとで物の啼く声が聞えていたが、じっと聞くと人の声ではなかった。それは二、三疋の蜂が枕もとを飛びながら鳴く声であった。竇は叫んだ。
「不思議なことがあるぞ。」
一緒に寝ていた友人がその故《わけ》を訊いた。竇はそこで夢の話を友人に告げた。友人も不思議がって一緒に起きて蜂を見た。蜂は竇の袂《たもと》と裳《もすそ》の間にまつわりついて払っても去らなかった。
友人はそこで竇に蜂の巣を造ってやれと勧めた。竇は友人の言葉に従ってそれを造り、両方の堵《かき》を堅くした。すると蜂の群が牆の外から来はじめたが、それは絡繹《らくえき》として織るようであった。蜂はまだ巣の頂上ができあがらないのに、一斗ほども集まって来た。竇はその蜂がどこから来たかと思って、来た所をしらべてみるとそれは隣の圃《はたけ》からであった。その隣の圃には蜂の巣が二つあって、三十年あまりも蜂が棲んでいた。竇はそれを隣の老人に話した。老人は圃にいってその巣を覗いた。巣の中はひっそりとして蜂はもう一疋もいなかった。壁をあばいてみ
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