まられるから、精しくしらべておくのです。こうしておけば、もし、これが夢であっても、想いだすことができるのですから。」
竇の戯れ笑う声がまだおわらないうちに、一人の宮女があたふたと走って来ていった。
「妖怪《ばけもの》が宮門に入りましたから、王は偏殿《へんでん》に避けられました、おそろしい禍《わざわい》がすぐ起ります。」
竇は大いに驚いて王の所へかけつけた。王は竇の手を執《と》って泣いていった。
「どうか棄てないで、国の安泰をはかってくれ。天が、※[#「((山/(追−しんにゅう)+辛)/子」、第4水準2−5−90]《わざわい》を降して、国祚《こくそ》が覆《くつがえ》ろうとしておる。どうしたらいいだろう。」
竇は驚いて訊いた。
「それはどんなことでございます。」
王は案《つくえ》の上の上奏文を取って竇の前に投げた。竇は啓《あ》けて読んだ。それは含香殿《がんこうでん》大学士|黒翼《こくよく》の上奏文であった。
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含香殿大学士、臣黒翼、非常の妖異を為す、早く郡を遷《うつ》し、以て国脈を存することを祈る。黄門《こうもん》の報称に拠るに、五月初六日より、一千丈の巨蟒《きょもう》来り、宮外に盤踞《ばんきょ》し、内外臣民を呑食《どんしょく》する一万三千八百余口、過ぐる所の宮殿、尽《ことごと》く邱墟《きゅうきょ》と成りて等し。因《よっ》て臣勇を奮い前《すす》み窺いて、確かに妖蟒《ようもう》を見る。頭、山岳の如く、目、江海に等し。首を昂《あ》ぐれば即《すなわ》ち殿閣|斉《ひと》しく呑み、腰を伸ばせば則ち楼垣尽く覆《くつがえ》る。真に千古末だ見ざるの凶、万代遭わざるの禍、社稜宗廟《しゃしょくそうびょう》、危、旦夕《たんせき》に在り。乞う皇上早く宮眷《きゅうけん》を率《ひき》いて、速やかに楽土に遷《うつ》れよ云云。
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竇は読み畢《おわ》って顔の色が土のようになった。その時宮女が奔《はし》って来て奏聞《そうもん》した。
「妖物《ばけもの》がまいりました。」
宮殿の中は哀しそうに泣く泣き声で満たされた。それは天日もなくなったような惨澹《さんたん》たるものであった。王はあわてふためいて何をすることもできなかった。ただ泣いて竇の方を向いていった。
「子供はもう先生に願います。」
竇は息をきって帰った。公主は侍女と首を抱きあって哀しそうに泣
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