して、腸《はらわた》を刳《えぐ》って逃げたのですが、じつに惨酷《ざんこく》な殺しかたでしたよ。だが、それがまだ捕《つかま》らないです。」
 周ははじめて夢が醒《さ》めたように思った。そこで周は弟に事情を話して、もう詮議《せんぎ》することをやめるがいいといった。弟はびっくりして暫くは眼をみはっていた。周はそこで子供のことを聞いた。弟は老媼《ばあや》にいいつけて子供を抱いて来さした。周はそれを見て、
「この嬰児《あかんぼ》は、祖先の血統を伝えさすものだがら、お前がよく見てやってくれ。私はこれから世の中をすてるのだから。」
 といってそのまま起って出ていった。弟は泣きながら追いかけて挽《ひ》きとめようとしたが、周は笑いながら後を顧みずにいった。そして郊外に出て、そこに待っていた成と一緒になって歩きだしたが、遥かに遠くへいってからふりかえって、
「物事を耐え忍ぶことが、最も楽しいことだよ。」
 といった。弟はそこでそれに応《こた》えようとしたところで、成が闊《ひろ》い袖をあげたが、そのまま二人の姿は見えなくなった。弟は悵然《ちょうぜん》としてそこに立ちつくしていたが、しかたなしに泣きながら家へ返った。
 この周の弟は世才がないので家を治めてゆくことができず、数年の間に家がたちまち貧しくなった。その時周の子がやっと成長したが教師をやとうことができないので、自分で読書を教えていた。
 ある日朝早く書斎に入ってみると案《つくえ》の上に函書《てがみ》がのっかっていて、固く封緘《ふうかん》をしてあった。そして函書には「仲氏啓《おとうとひらく》」としてあった。よく見るとそれは兄の筆迹であった。そこで弟はそれを開けてみたが、ただ爪が一つ入っているのみで他には何もなかった。爪は長さが一寸ばかりのものであった。弟はそれを研《すずり》の上に置いてから書斎を出、家《うち》の者に彼の函書はだれが持って来たかといって聞いたが、だれも知っている者がなかった。ますますふしぎに思って書斎に入ってみると、彼の爪を置いてあった研石がぴかぴかと光っていた。それは化して黄金となっているところであった。弟は大いに驚いたが思いついたことがあるので、その爪を傍《そば》にあった銅器と鉄器の上に置いてみると、それも一いち黄金になった。周の弟はこれがために富豪になったので、千金を成の子に贈った。それによって世間で周の家と成の
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