して、夜も昼もそれに祷《いの》っていた。
 幾《ほと》んど二年位してのことであった。元豊は故《わけ》があって他村へいって夜になって帰っていた。円い明るい月が出ていた。村の外《はずれ》に王の家の亭園があった。元豊は馬でその牆《へい》の外を通っていたが、中から笑い声が聞えるので、馬を停《とど》め、従者に鞍《くら》をしっかり捉えさしてその上にあがって見た。そこには二人の女郎《むすめ》が戯れていた。ちょうどその時月に雲がかかったので、どんな者とも見わけることができなかった。ただ一方の翠《みどり》の着物を着た女のいう声が聞えた。
「お前をここから逐《お》いだすわよ。」
 すると一方の紅《あか》い着物を着た女がいった。
「あなたは、私の家の庭にいながら、だれを逐いだすというのです。」
 翠の着物の女はいった。
「お前はお嫁になることもできないで、おんだされたのを羞《は》じないの。まだ人の家の財産を自分の所有《もの》にしているつもりなの。」
 紅い着物の女はいった。
「姉さんは、ひとりぼっちでいる者に勝とうとしているのですね。」
 その紅い着物の女の声を聴くとひどく小翠に似ているので、急いで大声でいった。
「小翠、小翠。」
 翠の着物の女はいってしまった。いく時紅い着物の女にいった。
「暫く喧嘩するのを待とうね。お前の男が来たのだから。」
 紅い着物の女がもう来た。思ったとおりそれは小翠であった。元豊はうれしくてたまらなかった。小翠を垣の上にのぼらして、手をかしておりてこさした。小翠はいった。
「二年お目にかからないうちに、ひどくお痩せになりましたね。」
 元豊は小翠の手を握って泣いた。そして思いつめていたということをいった。小翠はいった。
「私もよくそれを知っていたのですが、ただお宅へは帰れないものですから、今、姉と遊んでましたが、またこうしてお目にかかるのも、因縁ですね。」
 元豊は小翠を伴《つ》れて帰ろうとしたが、小翠はきかなかった。それではこの亭園にいてくれというと承知した。そこで従者をやって夫人に知らした。夫人は驚いて轎《かご》に乗ってゆき、鑰《かぎ》を啓《あ》けて亭に入った。小翠は趨《はし》っていって迎えた。夫人は小翠の手を捉《と》って涙を流し、力《つと》めて前の過《あやまち》を謝した。
「もし、前のことを気にかけないでいてくれるなら、一緒に帰っておくれでないかね。私
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