たけれど、このかわいらしい女の子のためにいちばんかわいらしいワルツをひいてやらずにはいられなかった。
 はじめかの女は大きな美しい目をじっとわたしに向けて聞いていたが、やがて足で拍子《ひょうし》を合わせ始めた。するうち、うれしそうに食堂《しょくどう》の中をおどり歩いた。かの女の兄弟たちはその様子をだまってながめていた。かの女の父親もうれしがっていた。ワルツがすむと、子どもはやって来て、わたしにかわいらしいおじぎをした。そして指でハープを打って「アンコール」(もう一つ)という心持ちを示《しめ》した。
 わたしはこの子のためには一日でもひいていてやりたかったが、父親はもうそれだけおどればたくさんだと言った。そこでワルツや舞踏曲《ぶとうきょく》の代わりに、わたしはヴィタリスが教えてくれたナポリ小唄《こうた》を歌った。リーズはわたしの向こうへ来て立って、あたかも歌のことばをくり返しているようにくちびるを動かした。するとかの女はくるりとふり向いて、泣《な》きながら父親のうでの中にとびこんだ。
「それで音楽はけっこう」と父親が言った。
「リーズはばかじゃないか」とバンジャメンと呼《よ》ばれた兄弟が
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