がった。
「さあ行こう、カピ」
わたしは二年のあいだ住み慣《な》れて、いつまでもいようと思ったうちから目をそらして、はるかの前途《ぜんと》を望《のぞ》んだ。
日はもう高く上っていた。空は青あおと晴れて――気候《きこう》は暖《あたた》かであった。気のどくなヴィタリス老人《ろうじん》とわたしが、つかれきってこのさくのそばでたおれた、あの寒い晩《ばん》とはたいへんなちがいであった。
こうしてこの二年間はほんの休息であった。わたしはまた自分の道を進まなければならなかった。けれどもこの休息がわたしにはずいぶん役に立った。それがわたしに力をあたえた。優《やさ》しい友だちを作ってくれた。
わたしはもう世界で独《ひと》りぼっちではなかった。この世の中にわたしは目的《もくてき》を持っていた。それはわたしを愛《あい》し、わたしが愛している人たちのために、役に立つこと、なぐさめになることであった。
新しい生涯《しょうがい》がわたしの前に開けていた。
前へ。
前へ
前へ。世界はわたしの前に開かれた。北でも南でも東でも西でも、自分の行きたいままの方角へわたしは向かって行くことができる。それはもう子どもは子どもでも、わたしは自分白身の主人であった。
いよいよ流浪《るろう》の旅を始めるまえに、わたしはこの二年のあいだ父親のように優《やさ》しくしてくれた人に会いたいと思った。カトリーヌおばさんは、みんながかれに「さようなら」を言いに行くときに、わたしをいっしょに連《つ》れて行くことを好《この》まなかったが、わたしはせめて一人になったいまでは、行ってかれに会うことができるし、会わなければならないと思った。借金《しゃっきん》のために刑務所《けいむしょ》にはいったことはなくても、その話をこのごろしじゅうのように聞かされていたのでその場所ははっきりわかっていた。わたしはよく知っているラ・マドレーヌ寺道《じみち》をたどって行った。カトリーヌおばさんも、子どもたちも、お父さんに会えたのだから、わたしもきっと会うことが許《ゆる》されるであろう。わたしはお父さんの子どもも同様であったし、お父さんもわたしをかわいがっていた。
でも思い切って刑務所《けいむしょ》の中へはいって行くのがちょっとちゅうちょされた。だれかがわたしをじっと監視《かんし》しているように思われた。もう、一度そのドアの中へ、おそろしいドアの中へ閉《し》めこまれたが最後《さいご》、二度と出されることがないように思われた。
刑務所《けいむしょ》から出て来ることは容易《ようい》でないとわたしは考えていた。しかしそこへはいるのも容易でないことを知らなかった。さんざんひどい目に会って、わたしはそれを知った。
でも力も落とさず、それから引っ返してしまおうとも思わずに待っていたおかげで、わたしはやっと面会を許《ゆる》されることになった。かねて思っていたのとちがい、わたしは格子《こうし》もさくもないそまつな応接室《おうせつしつ》に通された。お父さんは出て来た。でもくさりなどに結《ゆ》わえられてはいなかった。
「ああ、ルミや、わたしはおまえを待っていた」と、わたしが面会所にはいるとかれは言った。
「わたしは、カトリーヌおばさんがおまえをいっしょに連《つ》れて来なかったので、こごとを言ってやったよ」
わたしはこのことばを聞くと、朝からしょげていたことも忘《わす》れて、すっかりうれしくなった。
「カトリーヌおばさんは、ぼくをいっしょに連《つ》れて来ようとしなかったのです」
わたしはうったえるように言った。
「いや、そういうわけでもなかったのだろう。なかなか思うとおりにはならないものだよ。ところでおまえがこれから一人でくらしを立ててゆこうとしていることもわたしはようく知っているのだがね。どうもわたしの妹婿《いもうとむこ》のシュリオだって、おまえに仕事を見つけてやることはできないだろうしね。シュリオはニヴェルネ運河《うんが》の水門守《すいもんもり》をしているのだが、知ってのとおり植木|職人《しょくにん》の世話を水門守にしてもらうのは無理《むり》だからね。それにしても、子どもたちの話では、おまえはまた旅芸人《たびげいにん》になると言っているそうだが、おまえもう、あの寒さと空腹《くうふく》で死にかけたことを忘《わす》れたのかえ」
「いいえ、忘れません」
「でも、あのときはまだしも、おまえは独《ひと》りぼっちではなかった。めんどうを見る親方があった。それもいまはないし、おまえぐらいの年ごろで一人ぼっちいなかへ出るということは、いいことだとは思われない」
「カピもいっしょです」
このときカピは自分の名を聞くと、いつものように、(はい、ここにおります、ご用ならお役に立ちましょう)というように一声ほえた
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