なかった。わたしはなにも求《もと》めることもできない。なにもたのむこともできない。それをすればこじきになる。
でもわたしはみんなを好《す》いていたし、みんなもわたしを好いていた。
みんな兄弟でもあり、姉妹《しまい》でもあった。カトリーヌおばさんは決心したことはすぐ実行する性質《せいしつ》であった。わたしたちにはあしたいよいよお別《わか》れをすることを言いわたしてねどこへはいらせた。
わたしたちが部屋《へや》へはいるか、はいらないうちに、みんなはわたしを取り巻《ま》いた。リーズは泣《な》きながらわたしにからみついた。そのときわたしはかれら兄弟がおたがいに別《わか》れて行く悲しみをまえにひかえながら、かれらの思っていてくれるのはわたしのことだということがわかった。かれらはわたしが独《ひと》りぼっちだといって気のどくがった。わたしはそのときほんとうにかれらの兄弟であるように感じた。そこでふと一つの考えが心にうかんだ。
「聞いてください」とわたしは言った。「おばさんやおじさんがたがわたしにご用はなくっても、あなたがたがどこまでもわたしをうちの者に思ってくださることはわかりました」
「そうだそうだ、きみはいつまでもぼくたちの兄弟だ」と三人がいっしょにさけんだ。
もの言えないリーズはわたしの手をしめつけて、あの大きな美しい目で見上げた。
「ねえ、ぼくは兄弟です。だからその証拠《しょうこ》を見せましょう」と、わたしは力を入れて言った。
「きみはいったいどこに行くつもりだ」とバンジャメンが言った。
「ペルニュイの所に仕事があるのよ。わたしあした行って話をしてみましょうか」とエチエネットが聞いた。
「ぼくは奉公《ほうこう》はしたくありません。奉公するとパリにじっとしていなければならないし、そうすると二度ともうあなたがたに会うことができません。ぼくはまたひつじの毛皮服を着て、ハープをくぎからはずして、肩《かた》にかついで、セン・カンテンからヴァルスへ、ヴァルスからエナンデへ、エナンデからドルジーへと、あなたがたのこれから行く先ざきへたずねて行きましょう。わたしはあなたがたみなさんに、一人ひとり代わりばんこに会って、ほうぼうの便《たよ》りを持って行きましょう。そうすればぼくの仲立《なかだ》ちでみんないっしょに集まっているようなものです。ぼくはいまでも歌だってダンスの節《ふし》だって忘《わす》れてはいません。自分がくらしてゆくだけのお金は取れます」
みんなの顔がかがやいた。わたしはかれらがわたしの考えを聞いてそんなにも喜《よろこ》んでくれたのでうれしかった。長いあいだわたしたちは話をして、それからエチエネットは一人ひとりねどこへはいらせた。けれどその晩《ばん》はだれもろくろくねむる者はなかった。とりわけわたしはひと晩《ばん》ねむれなかった。
あくる日夜が明けると、リーズはわたしを庭へ連《つ》れ出した。
「ぼくに言いたいことがあるの」とわたしはたずねた。
かの女は何度もうなずいた。
「わたしたちが別《わか》れて行くのがいやなんでしょう。それは言うまでもない。あなたの顔でわかっている。ぼくだってまったく悲しいんだ」
かの女は手まねをして、なにか言いたいことがほかにあるという意味を示《しめ》した。
「十五日たたないうちに、ぼくはあなたの行くはずのドルジーへ訪《たず》ねて行きますよ」
かの女は首をふった。
「ぼくがドルジーへ行くのがいやなんですか」
わたしたちがおたがいに了解《りょうかい》しい合うために、わたしはそのうえにいろいろ問いを重ねていった。かの女はうなずいたり、首をふったりして答えた。かの女はわたしにドルジーへ来てはもらいたいが、しかしそれより先に兄《あに》さんや姉《あね》さんのほうへ行ってもらいたい意味を、指を三方に向けてさとらせた。
「あなたはぼくがいちばん先にヴァルスへ行き、それからエナンデ、それからセン・カンテンというふうに行ってもらいたいのでしょう」
かの女はにっこりしてうなずいた。わたしがわかったのがうれしそうであった。
「なぜさ」
こう聞くと、かの女はくちびると手を、とりわけ目を動かして、なぜそう望《のぞ》むか、そのわけを説明《せつめい》した。それは先に姉《あね》さんや兄《あに》さんたちの所へ行ってもらえば、ドルジーへ来るときにはほうぼうの便《たよ》りを持って来てくれることができるからというのであった。
かれらは八時にたたなければならなかった。カトリーヌおばさんはみんなを乗せる馬車を言いつけて、なにより先に刑務所《けいむしょ》へ行って、父親にさようならを言うこと、それからてんでに荷物を持って別々《べつべつ》の汽車に乗るために、別々の停車場《ていしゃじょう》に別《わか》れて行くという手順《てじゅん》を決めた。
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