《ざいさん》、わたしの創造《そうぞう》であった。だからよけいわたしに得意《とくい》な感じを起こさせた。
 それで自分がどういう仕事に適当《てきとう》しているかがわかった。わたしはそれをやってみせた。そのうえよけいわたしをゆかいにしたことは、まったくこれでは骨折《ほねお》りのかいがあると感じ得《え》たことであった。
 この新しい生活はなかなかわたしには苦しかったが、しかしこれまでの浮浪人《ふろうにん》の生活と似《に》ても似つかない労働《ろうどう》の生活が案外《あんがい》早くからだに慣《な》れた。これまでのように自由気ままに旅をして、なんでも大道を前へ前へと進んで行くほかに苦労《くろう》のなかったのに引きかえて、いまは花畑の囲《かこ》いの中に閉《と》じこめられて、朝から晩《ばん》まであらっぽく働《はたら》かなければならなかった。背中《せなか》にはあせにぬれたシャツを着、両手に如露《じょろ》を持って、ぬかるみの道の中を、素足《すあし》で歩かなければならなかった。でもぐるりのほかの人たちも、同じようにあらっぽい労働《ろうどう》をしていた。お父さんの如露はわたしのよりもずっと重かったし、そのシャツはわたしたちのそれよりも、もっとびっしょりあせにぬれていた。みんな平等であるということは、苦労《くろう》の中の大きな楽しみであった。そのうえわたしはもうまったく失《うしな》ったと思ったものを回復《かいふく》した。それは家族の生活であった。わたしはもう独《ひと》りぼっちではなかった。世の中に捨《す》てられた子どもではなかった。わたしには自分の寝台《ねだい》があった。わたしはみんなの集まる食卓《しょくたく》に自分の席《せき》を持っていた。昼間ときどきアルキシーやバンジャメンがわたしにげんこつをみまうこともあったが、わたしはなんとも思わなかった。またわたしが打ち返しても、かれらはなんとも思わなかった。そうして晩《ばん》になれば、みんなスープを取り巻《ま》いて、また兄弟にも友だちにもなるのであった。
 ほんとうを言うと、わたしたちは働《はたら》いてつかれるということはなかった。わたしたちにも休憩《きゅうけい》の時間も遊ぶ時間もあった。むろんそれは短かったが、短いだけよけいゆかいであった。
 日曜の午後には家についているぶどうだなの下にみんな集まった。わたしはその週のあいだかけっぱなしにしておいた例《れい》のハープを外《はず》して持って来る。そうして四人の兄弟|姉妹《しまい》におどりをおどらせる。だれもかれもダンスを習った者はなかったが、アルキシーとバンジャメンは一度ミルコロンヌで婚礼《こんれい》の舞踏会《ぶとうかい》へ行って、コントルダンスのしかただけ多少|正確《せいかく》に記憶《きおく》していた。その記憶がかれらの手引きであった。かれらはおどりつかれると、わたしに歌のおさらいをさせる。そうしてわたしのナポリ小唄《こうた》はいつも決まって、リーズの心を動かさないことはないのであった。
 このおしまいの一|節《せつ》を歌うとき、かの女の目はなみだにぬれないことはなかった。
 そのとき気をまぎらすために、わたしはカピと道化芝居《どうけしばい》をやるのであった。カピにとってもこの日曜日は休日であった。その日はかれにむかしのことを思い出させた。それで一とおり役目を終わると、かれはいくらでもくり返してやりたがった。
 二年はこんなふうにして過《す》ぎた。お父さんはわたしをよくさかり場や、波止場や、マドレーヌやシャトードーやの花市場へ連《つ》れて行ったり、よく花を分けてやる花作りの家に連れて行ったので、わたしもすこしずつパリがわかりかけてきた。そうしてそこはわたしが想像《そうぞう》したように大理石や黄金の町ではなかったが、あのとき初《はじ》めてシャラントンやムフタール区《く》からはいって来たとき見て早飲みこみに思ったようなどろまみれの町でもないことがわかった。わたしは記念碑《きねんひ》を見た。その中へもはいってみた。波止場通り、大通りをも、リュクサンプールの公園をも、チュイルリの公園をも、シャンゼリゼーをも、歩いてみた。銅像《どうぞう》も見た。群衆《ぐんしゅう》の人波にもまれて、感心して立ち止まったこともあった。これで大都会というものがどんなふうにできあがっているかという考えがほぼできてきた。
 幸いにわたしの教育はただ目で見る物から受けただけではなかった。パリの町中《まちなか》を散歩《さんぽ》したりかけ歩いたりするついでに、ぐうぜん覚《おぼ》えるだけではなかった。このお父さんはいよいよ自前《じまえ》で植木屋を開業するまえに植物園の畑で働《はたら》いていた。そこには学者たちがいて、かれにしぜん、物を読んで覚《おぼ》えたいという好奇心《こうきしん》を起こさせた。それ
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