んりょしいしいこの知らせを伝《つた》えたかもしれない。けれどその人はほんの親方というだけであったと知ると、かれらはいきなり事実を打ち明けて聞かしてくれた。
みんなの話では、あの気のどくな親方は死んだのであった。わたしたちがつかれきってたおれたその門の中に住んでいた植木屋が見つけたのであった。あくる朝早く、かれのむすこが野菜《やさい》や花を持って市場へ出かけようとするときに、かれらはわたしたちがいっしょにしもの上に固《かた》まって、すこしばかりのわらをかぶってねむっていたのを見つけた。ヴィタリスはもう死んでいた。わたしも死ぬところであったのを、カピが胸《むね》の所へはいって来て、わたしの心臓《しんぞう》を温《あたたか》かにしていてくれたために、かすかな気息《きそく》が残《のこ》っていた。かれらはわたしたちをうちの中に運び入れて、子どもたちの一人の温かい寝台《ねだい》の上にねかしてくれたのである。それから六時間ほど、まるで死んだようになってねていたが、血のめぐりがついてくると、呼吸《こきゅう》も強く出るようになった。そうしてとうとう目を覚《さ》ましたのであった。
わたしはからだもたましいもまったくしびれきったようになっていたが、このときはもうかれらの話を聞いてわかるだけに覚《さ》めていたのであった。
ああ、ヴィタリスは死んでしまったのである。
この話をしてくれたのは、ねずみ色の背広《せびろ》を着た人であった。この人の話をしているあいだ、びっくりした目をして、じつとわたしを見つめていた女の子は、ヴィタリスが死んだと聞いて、わたしがいかにもがっかりしたふうをしたのを見つけると、そこを立って父のそばへ行き、片手《かたて》を父のうでにかけ、片手でわたしのほうを指さしながらなにか話をした。話といっても、ふつうのことばでなく、ただ優《やさ》しい、しおらしい嘆息《たんそく》の声のようなものであった。
それにかの女の身ぶりと目つきとは、べつにことばの助けを借《か》りる必要《ひつよう》のないほどじゅうぶんにものを言って、そこによけい自然《しぜん》な情愛《じょうあい》がふくまれているようであった。
アーサと別《わか》れてこのかた、わたしはつい一度もこんなに取りすがりたいような、親切のこもった、ことばに言えない情味《じょうみ》を感じたことはなかった。それはちょうど、バルブレンのおっかあが、いつもキッスするまえにわたしをながめるときのような感じであった。ヴィタリスが死んで、わたしは世の中に置《お》き去りにされたが、でももう独《ひと》りぼっちではない、という気がした。わたしを愛《あい》してくれる者が、まだそばにいるような気持ちがした。
「ああ、そうだ、リーズの言うとおりだ。こりゃああの子も聞くのがつらいだろうが、やはりほんとうのことは言わねばならぬ。わたしたちが言わないでも、巡査《じゅんさ》が話すだろうから」
お父さんはむすめのほうへ向きながら言った。そうしてなお話を続《つづ》けながら、警察《けいさつ》に届《とど》けたことや、巡査がヴィタリスを運んで行ったことや、わたしを長男のアルキシーの寝台《ねだい》にねかしたことなどを残《のこ》らず話してくれた。この話のすむのを待ちかねて、
「それからカピは――」とわたしは聞いた。
「なに、カピ」
「ええ。犬です」
「知らないよ。いなくなったよ」
「あの犬はたんかについて行ったよ」と子どもたちの一人が言った。「バンジャメン、おまえ見たかい」
「ぼくよく知ってるよ」ともう一人の子が答えた。「あの犬は釣台《つりだい》のあとからついて行った。首を垂《た》れてときどきたんかにとび上がった。下にいろと言われると、犬はなんだかおそろしい声でうなったり、ほえたりした」
かわいそうなカピ。役者であったじぶん、あの犬は何度ゼルビノのお葬式《そうしき》を送るまねをしたであろう。それはどんなにまじめくさった子どもでも、あの犬の悲しい様子を見ては笑《わら》わずにはいられなかった。カピが泣《な》けば泣くほど見物はよけい笑った。
植木屋と子どもたちはわたしを一人|置《お》いて出て行った。まったくどうしていいか、どうしようというのかわからずに、わたしは起き上がって、着物を着かえた。わたしのハープはねむっていた寝台《ねだい》のすそに置《お》いてあった。わたしは肩《かた》に負い皮をかけて、家族のいる部屋《へや》へと出かけて行った。わたしはなんでも出かけて行かなければならない気がするが、さてどこへ行こうか。ねどこにいるうちはそんなに弱っているとも思わなかったが、起きてみるともう立つことが苦しかった。わたしはいすにすがって、やっと転《ころ》がらないょうに、からだを支《ささ》えなければならなかった。うちの人たちは炉《ろ》の前の食卓《しょくた
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