に暗い水の中に落ちこんだ。かれがわたしに見せるつもりで持っていたランプは、続《つづ》いて転《ころ》がって見えなくなった。
たちまちわたしは暗黒の中に投げこまれた。そこにはたった一つの灯《ひ》しかなかったのであった。みんなの中から同じさけび声が起こった。幸いにわたしはもう水にとどく位置《いち》に下りていた。背中《せなか》で土手をすべりながら、わたしは老人《ろうじん》を探《さが》しに水の中にはいった。
ヴィタリス親方と流浪《るろう》していたあいだに、わたしは泳ぐことも、水にはいることも覚《おぼ》えた。わたしはおかの上と同様、水の中でも楽に働《はたら》けた。だがこのまっ暗な穴《あな》の中で、どうして見当をつけよう。わたしは水にはいったとき、それを少しも考えなかった。わたしはただ老人がおぼれたろうと、そればかり考えた。どこをわたしは見ればいいか、どちらのそばへ泳いで行けばいいか、わたしは困《こま》っていると、ふとしっかり肩《かた》をつかまえられたように感じた。わたしは水の中に引きこまれた、足を強くけって、わたしは水の面《おもて》へ出た。手はまだ肩をつかんでいた。
「しっかりおしなさい、先生」とわたしはさけんだ。「首を上に上げていれば助かりますよ」
助かると。どうして二人とも助かるどころではなかった。わたしはどちらへ泳いでいいかわからなかった。
「ねえ、だれか、声をかけてください」とわたしはさけんだ。
「ルミ、どこだ」
こう言ったのはガスパールおじさんの声であった。
「ランプをつけてください」
ランプが暗やみの中から探《さぐ》り出されて、すぐに明かりがついた、わたしはただ手をのばせば土手にさわることができた。片手《かたて》で石炭のかけらをつかんで、わたしは老人《ろうじん》を引き上げた。もう、少しで危《あぶ》ないところであった。
かれはもうたくさんの水を飲んでいて、半分|人事不省《じんじふせい》であった。わたしはかれの頭をうまく水の上に上げてやったので、どうにかかれは上がって来た。仲間《なかま》はかれの手を取って引き上げる。わたしは後からおし上げた。わたしはそのあとで今度は自分がはい上がった。
このふゆかいな出来事で、しばらくわたしたちの気を転じさせたが、それがすむとまた圧迫《あっぱく》と絶望《ぜつぼう》におそわれた。それとともに死が近づいたという考えがのしかかってきた。
わたしはひじょうにねむくなった。この場所はねるのにつごうのいい場所ではなかった。じきに水の中に転《ころ》がり落ちそうであった。すると「先生」はわたしの危《あぶ》なっかしいのを見て、かれの胸《むね》にわたしの頭をつけて、わたしのからだをうででおさえてくれた。かれはたいしてしっかりおさえてはいなかったが、わたしが落ちないだけにはじゅうぶんであった。わたしはそこで母のひざにねむる子どものようにねむった。
わたしが半分目が覚《さ》めて身動きすると、かれはただきつくなった自分のうでの位置《いち》を変えた。そして自分は動かずにすわっていた。
「お休み、ぼうや」とかれはわたしの上にのぞきこんでささやいた。「こわいことはない。わたしがおさえていてあげるからな」
それでわたしは恐怖《きょうふ》なしにねむった。かれがけっして手をはなさないことをわたしはよく知っていた。
救助《きゅうじょ》
わたしたちは時間《じかん》の観念《かんねん》がなくなった。そこに二日いたか、六日いたか、わからなかった。意見がまちまちであった。もうだれも救《すく》われることを考えてはいなかった。死ぬことばかりが心の中にあった。
「先生、おまえの言いたいことを言えよ」とベルグヌーがさけんだ。「おまえ水をかい出すにどのくらいかかるか、勘定《かんじょう》していたじゃないか。だがとてもまに合いそうもないぜ。おれたちは空腹《くうふく》か窒息《ちっそく》で死ぬだろう」
「しんぼうしろよ」と「先生」が答えた。「おれたちは食べ物なしにどれくらい生きられるか知っている。それでちゃんと勘定がしてあるのだ。だいじょうぶ、まに合うよ」
このしゅんかん、大きなコンプルーが声を立ててすすり泣《な》きを始めた。
「神様の罰《ばち》だ」とかれはさけんだ。「おれは後悔《こうかい》する。おれは後悔する。もしここから出られたら、おれはいままでした悪事のつぐないをすることをちかう。もし出られなかったら、おまえたち、おれのために神様におわびをしてくれ。おまえたちはあのヴィダルのおっかあの時計をぬすんで、五年の宣告《せんこく》を受けたリケを知っているか……だがおれがそのどろぼうだった。ほんとうはおれがとったのだ。それはおれの寝台《ねだい》の下にはいっている……おお……」
「あいつを水の中にほうりこめ」とパージュとベルグヌー
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