った。でもボブの絵の具は上等な絵の具で、洗ってやってもやはり黄色かった。だがいくらか青みをもってはきた。それでかれをもとの色に返すまでには、ずいぶんたびたび石《せっ》けん浴《よく》をやった。幸いノルマンデーは小川の多い地方であったから、毎日わたしたちは根気よく行水をつかってやった。
 わたしたちはある朝小山の上に着いた。わたしたちの前途《ぜんと》に当たって、セーヌ川が大きな曲線を作って流れているのを見た。それから進んで行って、わたしたちは会う人ごとにたずね始めた。あのろうかのついた美しい船の白鳥号を見たことはないか――だれもそれを見た者はなかった。きっと夜のうちに通ってしまったのかもしれなかった。わたしたちはそれからルーアンへ行った。そこでもまた同じ問いをくり返したが、やはりいい結果《けっか》は得《え》られなかった。でもわたしたちは失望《しつぼう》しないで、一人ひとりたずねながらずんずん進んだ。
 行く道みち食べ物を買う金を取るために、足を止めなければならなかったから、やがてパリの郊外《こうがい》へ着くまでは五日間かかった。
 幸いシャラントンに着くと、まもなくどの方角に向かっていいか見当がついた。さっそく例《れい》のだいじな質問《しつもん》を出すと、初《はじ》めてわたしたちは待ちもうけていた返答を受け取った。白鳥号に似《に》た大きな遊山船《ゆさんぶね》が、この道を通ったが、左のほうへ曲がって、セーヌ川をずんずん上って行った、というのであった。
 わたしたちは岸の近くに下りてみた。マチアは船頭たちの中で舞踏曲《ぶとうきょく》をやることになったので、たいへんはしゃぎきっていた。とつぜんダンスをやめて、ヴァイオリンを持って、マチアは気ちがいのように凱旋《がいせん》マーチをひいた。かれがひいているまに、わたしはその船を見たという男によくたずねた。疑《うたが》いもなくそれは白鳥号であった。なんでもそれはふた月ほどまえ、シャラントンを通って行った。
 ふた月か。なんという遠い話であろう。だがなにをちゅうちょすることがあろう。わたしたちにも足がある。向こうも二ひきのいい馬の足がある。でもいつか追い着くであろう。ひまのかかるのはかまったことではない。なによりだいじな、しかもふしぎなことは、白鳥号がとうとう見つかったということであった。
「ねえ、まちがってはいなかった」とマチアがさ
前へ 次へ
全163ページ中148ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
マロ エクトール・アンリ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング