であろう。
かれらはしかしわたしに気がつかなかったとしても、マチアは気がついていた。
「いつまできみはこれをしんぼうしていられるのだ」とかれは言った。
わたしはだまっていた。
「フランスへ帰ろうよ」とかれはまた勧《すす》めた。「なにか起こる。もうすぐになにか起こるとぼくは思う。おそかれ早かれ、ドリスコルさんが、こう品物を安売りするところを見れば、巡査《じゅんさ》がやって来るのはわかっている。そうなればどうする」
「おお、マチア……」
「きみが目をふさいでいれば、ぼくはいよいよ大きく目をあいていなければならない。ぼくたちは二人ともつかまえられる。なにもしなくっても、どうしてその証拠《しょうこ》を見せることができよう。ぼくたちは現《げん》にあの人がこの品物を売って得《え》た金で、三度のものを食べているのではないか」
わたしはついにそこまでは考えなかった。こう言われて、いきなり顔をまっこうからなぐりつけられたように思った。
「でもぼくたちはぼくたちで自分の食べ物を買う金は取っている」と、わたしはどもりながら弁護《べんご》しようとした。
「それはそうだ。けれどぼくたちはどろぼうといっしょに住まっていた」と、マチアはこれまでよりはいっそう思い切った調子で答えた。「それでもし、ぽくたちが牢屋《ろうや》へやられればもう、きみのほんとうのうちの人を探《さが》すこともできなくなるだろう。それにミリガン夫人《ふじん》にも、あのジェイムズ・ミリガンに気をつけるように言ってやりたい。あの人がアーサにどんなことをしかねないか、きみは考えないのだ。まあ行けるうちに少しも早く行こうじゃないか」
「まあもう二、三日考えさしてくれたまえ」とわたしは言った。
「では早くしたまえ。大男|退治《たいじ》のジャックは肉のにおいをかいだ――ぼくは危険《きけん》のにおいをかぎつけている」
こんなふうにして煮《に》えきれずにいるうちに、とうとうぐうぜんの事情《じじょう》が、わたしに思い切ってできなかったことをさせることになった。それはこうであった。
わたしたちがロンドンを立ってから数週間あとであった。父親は競馬《けいば》のあるはずの町で、屋台店の車を立てようとしていた。マチアとわたしは商売のほうになにも用がないので、町からかなりへだたっていた競馬場《けいばじょう》を見に行った。
イギリスの競馬場のぐる
前へ
次へ
全163ページ中134ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
マロ エクトール・アンリ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング