かりもなかった。
どこかたばねたまきのかげにでもかくれているのではないかと思って、わたしたちはまた小屋へ帰って、しばらく探《さが》し回った。いく度もいく度も同じすみずみを探した。
わたしは親方の肩《かた》に上って、屋根に葺《ふ》いてあるえだたばの中を探してみた。二度も三度も呼《よ》んでみた。けれどもなんの返事もなかった。
親方はぷりぷりかんしゃくを起こしているようであった。わたしはがっかりしていた。
わたしは親方に、おおかみがかれまでも取って行ったのではないかとたずねた。
「いいや」とかれは言った。「おおかみは小屋の中までははいっては来なかっただろう。ゼルビノとドルスは外へ出たところをくわえられたかと思うが、この中までははいって来られまい。たぶんジョリクールはこわくなって、わたしたちの外に出ているあいだにどこへかかくれたにちがいない。それをわたしは心配するのだ。このひどい寒さでは、きっとかぜをひくであろう。寒さがあれにはなにより効《き》くのだから」
「じゃあどんどん探《さが》してみましょうよ」
わたしたちはまたそこらを歩き回った。けれどまるでむだであった。
「夜の明けるまで待たなければならない」と親方が言った。
「どのくらいで明けるでしょう」
「二時間か三時間だろう」
親方は両手で頭をおさえてたき火の前にすわっていた。
わたしはそれをじゃまする勇気《ゆうき》がなかった、わたしはかれのわきにつっ立って、ただときどき火の中にえだをくべるだけであった。一、二度かれは立ち上がって戸口へ行って、空をながめてはじっと耳をかたむけたが、また帰って来てすわった。
わたしはかれがそんなふうにだまって悲しそうにしていられるよりも、かまわずわたしにおこりつけてくれればいいと思った。
三時間はのろのろ過《す》ぎた。その長いといったら、とても夜がおしまいになる時がないのかと思われた。
でも星の光がいつか空からうすれかけていた。空がだんだん明るく、夜が明けかかっていた。けれども明け方に近づくに従《したが》って、寒さはいよいよひどくなった。戸口からはいって来る風が骨《ほね》までこおるようであった。
これでジョリクールを見つけたとしても、かれは生きているだろうか。
見つけ出す希望《きぼう》がほんとにあるだろうか。
きょうもまた雪が降《ふ》りださないともかぎらない。
でも雪はもう来なかった。そして空にばら色の光がさして、きょうの好天気《こうてんき》を予告《よこく》するようであった。
すっかり明るくなって、樹木《じゅもく》の形がはっきり見えるようになった。親方もわたしもがっかりして、棒《ぼう》をかかえて小屋を出た。
カピはもうゆうべのようにびくついてはいないようであった。目をしっかり親方にすえたまま、いつでも合図しだいでかけ出す仕度をしていた。
わたしたちが下を向いてジョリクールの足あとを探《さが》し回っていると、カピが首を上に上げてうれしそうにほえ始めた。かれはわたしたちに地べたではなく、上を見ろといって合図をしたのであった。
小屋のわきの大きなかしの木のまたで、わたしたちはなにか黒い小さなもののうごめく姿《すがた》を見つけた。
これがかわいそうなジョリクールであった。夜中に犬のほえる声におびえて、かれはわたしたちが出ているまに、小屋の屋根によじ上った。そしてそこから一本のかしの木のてっべんに登って、そこを安全な場所と思って、わたしたちの呼《よ》ぶ声にも答えず、じっとからだをかがめてすわっていたのであった。
かわいそうな弱い動物。かれはこごえてしまったにちがいない。
親方がかれを優《やさ》しく呼《よ》んだ。かれは動かなかった。わたしたちはかれがもう死んでいると思った。
数分間親方はかれを続《つづ》けさまに呼んだ。けれどさるはもう生きているもののようではなかった。
わたしの心臓《しんぞう》は後悔《こうかい》で痛《いた》んだ。どれほどひどく罰《ばっ》せられたことだろう。
わたしはつぐないをしなければならない。
「登ってつかまえて来ましょう」とわたしは言った。
「危《あぶ》ないよ」
「いいえ、だいじょうぶです。わけなくできますよ」
それはほんとうではなかった。それは危険《きけん》でむずかしい仕事であった。大きなこの木は氷と雪をかぶっているので、それはずいぶん困難《こんなん》な仕事であった。
わたしはごく小さかったじぶんから木登りをすることを習った。それでこの術《じゅつ》には熟練《じゅくれん》していた。わたしはとび上がって、いちばん下のえだにとびついた。そして木のえだをすけて雪が落ちて日の中にはいって来たが、でもどうやら木の幹《みき》をよじて、いちばんしっかりしたえだに手がかかった。ここまで登れば、あとは足をふみはずさないように気をつければよかった。
わたしは登りながら、優《やさ》しくジョリクールに話しかけた。かれは動かないで、目だけ光らせてわたしを見ていた。
わたしはほとんど手の届《とど》く所へ来て、手をのばしてつかまえようとした。するとひょいとかれはほかのえだにとびついてしまった。
わたしはそのえだまでかれを追っかけたけれど、人間の情《なさ》けなさ、子どもであっても、木登りはさるにはかなわなかった。
これでさるの足が雪でぬれていなかったら、とてもかれをつかまえることはできそうもなかった。かれは足のぬれることを好《この》まなかった。それでじきにわたしをからかうのがいやになって、えだからえだへととび下りて、まっすぐに主人の肩《かた》にとび下りた。そして上着の裏《うら》にかくれた。
ジョリクールを見つけるのはたいへんなことであったがそれだけではすまなかった。今度は犬を探《さが》さなければならなかった。
もうすっかり昼になっていた。わけなくゆうべの出来事のあとをたどることができた。雪の中でわたしたちは犬の死んだことがわかった。
わたしたちは十|間《けん》(約十八メートル)ばかりかれらの足あとをつけることができた。かれらは続《つづ》いて小屋からぬけ出した。ドルスが、ゼルビノのあとに続《ぞく》いた。
それからほかのけものの足あとが見えた。一方にはおおかみどもは犬にとびかかって、はげしく戦《たたか》ったしるしが残《のこ》っていた。こちらにはおおかみがえものをつかんでゆっくり食べて歩いて行った足あとが残っていた。もうそこには、そこここに赤い血が雪の上にこぼれているほかには、犬のあとはなにも残っていなかった。
かわいそうな二ひきの犬は、わたしのねむっているあいだに死にに行ったのであった。
でもわたしたちはできるだけ早く帰って、ジョリクールを温めてやらなければならなかった。わたしたちは小屋へ帰った。親方がさるの足と手を持って、赤んぼうをおさえるようにして、たき火にかざすと、わたしは毛布《もうふ》を温めて、その中へ転《ころ》がす仕度をした。けれども毛布ぐらいでは足りなかった。かれは湯たんぽと温かい飲み物を求《もと》めていた。
親方とわたしはたき火のそばにすわって、だまってまきの燃《も》えるのをながめた。
「かわいそうに、ゼルビノは。かわいそうに、ドルスは」
わたしたちは代わりばんこにこんなことばをつぶやいた。初《はじ》めに親方が、つぎにはわたしが。
あの犬たちは、楽しいにつけ苦しいにつけ、わたしたちの友だちであり、道連《みちづ》れであった。そしてわたしにとっては、わたしのさびしい身の上にとっては、このうえないなぐさめであった。
わたしがしっかり見張《みは》りをしなかったことは、どんなにくやしいことだったろう。おおかみはそうすれば小屋までせめては来なかったろうに。火の光におそれて遠方に小さくなっていたであろうに。
どうにかしていっそ親方がひどくわたしをしかってくれればよかった。かれがわたしを打ってくれればよかった。
けれどかれはなにも言わなかった。わたしの顔を見ることすらしなかった。かれは火の上に首をうなだれたまま、おそらく犬がなくなって、これからどうしようか考えているようであった。
ジョリクール氏《し》
夜明けまえの予告《よこく》はちがわなかった。
日がきらきらかがやきだした。その光線は白い雪の上に落ちて、まえの晩《ばん》あれほどさびしくどんよりしていた森が、きょうは目がくらむほどのまばゆさをもってかがやき始めた。
たびたび親方はかけ物の下に手をやって、ジョリクールにさわっていたが、このあわれな小ざるはいっこうに温まってこなかった。わたしがのぞきこんでみると、かれのがたがた身ぶるいをする音が聞こえた。
かれの血管《けっかん》の中の血がこおっていたのである。
「とにかく村へ行かなければならない。さもないとジョリクールは死ぬだろう。すぐたつことにしよう」
毛布《もうふ》はよく温まっていた。それで小ざるはその中にくるまれて、親方のチョッキの下のすぐ胸《むね》に当たる所へ入れられた。わたしたちの仕度ができた。
小屋を出て行こうとして、親方はそこらを見回しながら言った。
「この小屋にはずいぶん高い宿代《やどだい》をはらった」
こう言ったかれの声はふるえた。
かれは先に立って行った。わたしはその足あとに続《つづ》いた。わたしたちが二、三|間《げん》(四〜六メートル)行くと、カピを呼《よ》んでやらなければならなかった。かわいそうな犬。かれは小屋の外に立ったまま、いつまでも鼻を、仲間《なかま》がおおかみにとられて行った場所に向けていた。
大通りへ出て十分間ほど行くと、とちゅうで馬車に会った。その御者《ぎょしゃ》はもう一時間ぐらいで村に出られると言った。これで元気がついたが、歩くことは困難《こんなん》でもあり苦しかった。雪がわたしのこしまでついた。
たびたびわたしは親方にジョリクールのことをたずねた。そのたんびにかれは、小ざるはまだふるえていると言った。
やっとのことでわたしたちはきれいな村の白屋根を見た。わたしたちはいつも上等な宿屋《やどや》にとまったことはなかった。たいてい行っても追い出されそうもない、同勢《どうぜい》残《のこ》らずとめてくれそうな木賃宿《きちんやど》を選んだ。
ところが今度は親方がきれいな看板《かんばん》のかかっている宿屋へはいった。ドアが開いていたので、わたしはきらきら光る赤銅《あか》のなべがかかって、そこから湯気のうまそうに上っている大きなかまどを見ることができた。ああ、そのスープが空腹《くうふく》な旅人にどんなにうまそうににおったことであろう。
親方は例《れい》のもっとも『紳士《しんし》』らしい態度《たいど》を用いて、ぼうしを頭にのせたまま、首を後ろにあお向けて、宿屋《やどや》の亭主《ていしゅ》にいいねどこと暖《あたた》かい火を求《もと》めた。初《はじ》めは宿屋の亭主もわたしたちに目をくれようともしなかった。けれども親方のもっともらしい様子がみごとにかれを圧迫《あっぱく》した。かれは女中に言いつけて、わたしたちを一間《ひとま》へ通すようにした。
「早くねどこにおはいり」と親方は女中が火をたいている最中《さいちゅう》わたし言った。わたしはびっくりしてかれの顔を見た。なぜねどこにはいるのだろう。わたしはねどこなんかにはいるよりも、すわってなにか食べたほうがよかった。
「さあ早く」
でも親方がくり返した。
服従《ふくじゅう》するよりほかにしかたがなかった。寝台《ねだい》の上には鳥の毛のふとんがあった。親方がそれをわたしのあごまで深くかけた。
「少しでも温まるようにするのだ」とかれは言った。「おまえが温まれば温まるほどいいのだ」
わたしの考えでは、ジョリクールこそわたしなんぞよりは早く温まらなければならない。わたしのほうは、いまではもうそんなに寒くはなかった。
わたしがまだ毛のふとんにくるまってあったまろうと骨《ほね》を折《お》っているとき、親方はジョリクールを丸《まる》くして、まるで蒸《む》し焼《や》きにして食べるかと思うほど火の上
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