雪はもう来なかった。そして空にばら色の光がさして、きょうの好天気《こうてんき》を予告《よこく》するようであった。
すっかり明るくなって、樹木《じゅもく》の形がはっきり見えるようになった。親方もわたしもがっかりして、棒《ぼう》をかかえて小屋を出た。
カピはもうゆうべのようにびくついてはいないようであった。目をしっかり親方にすえたまま、いつでも合図しだいでかけ出す仕度をしていた。
わたしたちが下を向いてジョリクールの足あとを探《さが》し回っていると、カピが首を上に上げてうれしそうにほえ始めた。かれはわたしたちに地べたではなく、上を見ろといって合図をしたのであった。
小屋のわきの大きなかしの木のまたで、わたしたちはなにか黒い小さなもののうごめく姿《すがた》を見つけた。
これがかわいそうなジョリクールであった。夜中に犬のほえる声におびえて、かれはわたしたちが出ているまに、小屋の屋根によじ上った。そしてそこから一本のかしの木のてっべんに登って、そこを安全な場所と思って、わたしたちの呼《よ》ぶ声にも答えず、じっとからだをかがめてすわっていたのであった。
かわいそうな弱い動物。かれはこごえてしまったにちがいない。
親方がかれを優《やさ》しく呼《よ》んだ。かれは動かなかった。わたしたちはかれがもう死んでいると思った。
数分間親方はかれを続《つづ》けさまに呼んだ。けれどさるはもう生きているもののようではなかった。
わたしの心臓《しんぞう》は後悔《こうかい》で痛《いた》んだ。どれほどひどく罰《ばっ》せられたことだろう。
わたしはつぐないをしなければならない。
「登ってつかまえて来ましょう」とわたしは言った。
「危《あぶ》ないよ」
「いいえ、だいじょうぶです。わけなくできますよ」
それはほんとうではなかった。それは危険《きけん》でむずかしい仕事であった。大きなこの木は氷と雪をかぶっているので、それはずいぶん困難《こんなん》な仕事であった。
わたしはごく小さかったじぶんから木登りをすることを習った。それでこの術《じゅつ》には熟練《じゅくれん》していた。わたしはとび上がって、いちばん下のえだにとびついた。そして木のえだをすけて雪が落ちて日の中にはいって来たが、でもどうやら木の幹《みき》をよじて、いちばんしっかりしたえだに手がかかった。ここまで登れば、あとは足をふみはずさないように気をつければよかった。
わたしは登りながら、優《やさ》しくジョリクールに話しかけた。かれは動かないで、目だけ光らせてわたしを見ていた。
わたしはほとんど手の届《とど》く所へ来て、手をのばしてつかまえようとした。するとひょいとかれはほかのえだにとびついてしまった。
わたしはそのえだまでかれを追っかけたけれど、人間の情《なさ》けなさ、子どもであっても、木登りはさるにはかなわなかった。
これでさるの足が雪でぬれていなかったら、とてもかれをつかまえることはできそうもなかった。かれは足のぬれることを好《この》まなかった。それでじきにわたしをからかうのがいやになって、えだからえだへととび下りて、まっすぐに主人の肩《かた》にとび下りた。そして上着の裏《うら》にかくれた。
ジョリクールを見つけるのはたいへんなことであったがそれだけではすまなかった。今度は犬を探《さが》さなければならなかった。
もうすっかり昼になっていた。わけなくゆうべの出来事のあとをたどることができた。雪の中でわたしたちは犬の死んだことがわかった。
わたしたちは十|間《けん》(約十八メートル)ばかりかれらの足あとをつけることができた。かれらは続《つづ》いて小屋からぬけ出した。ドルスが、ゼルビノのあとに続《ぞく》いた。
それからほかのけものの足あとが見えた。一方にはおおかみどもは犬にとびかかって、はげしく戦《たたか》ったしるしが残《のこ》っていた。こちらにはおおかみがえものをつかんでゆっくり食べて歩いて行った足あとが残っていた。もうそこには、そこここに赤い血が雪の上にこぼれているほかには、犬のあとはなにも残っていなかった。
かわいそうな二ひきの犬は、わたしのねむっているあいだに死にに行ったのであった。
でもわたしたちはできるだけ早く帰って、ジョリクールを温めてやらなければならなかった。わたしたちは小屋へ帰った。親方がさるの足と手を持って、赤んぼうをおさえるようにして、たき火にかざすと、わたしは毛布《もうふ》を温めて、その中へ転《ころ》がす仕度をした。けれども毛布ぐらいでは足りなかった。かれは湯たんぽと温かい飲み物を求《もと》めていた。
親方とわたしはたき火のそばにすわって、だまってまきの燃《も》えるのをながめた。
「かわいそうに、ゼルビノは。かわいそうに、ドルスは」
わたしたちは代
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