もカピよりはずっと進歩が早かった。けれどわたしは理解《りかい》こそ早かったが、物覚《ものおぼ》えは、犬のほうがよかった。犬は一度物を教わると、いつもそれを覚えて忘《わす》れることがなかった。わたしがまちがうと親方はこう言うのである。
「カピのはうが先に読むことを覚えるよ、ルミ」
そう言うとカピはわかったらしく、得意《とくい》になってしっぽをふった。
そこでわたしはくやしくなって気を入れて勉強した。それで犬がやっと自分の名前の四つの字を拾い出してつづることしかできないのに、わたしはとうとう本を読むことを覚《おぼ》えた。
「さて、おまえはことばを読むことは覚えたが、どうだね、今度は譜《ふ》を読むことを覚えては」と親方が言った。
「譜を読むことを覚《おぼ》えると、あなたのように歌が歌えますか」とわたしは聞いた。
「ああ。そうするとおまえもわたしのように歌が歌いたいと思うのかい」と親方が答えた。
「とてもそんなによくはできそうもないと思いますけれども、少しは歌いたいと思います」
「じゃあわたしが歌を歌うのを聞くのは好《す》きかい」
「ええ、わたしは、なによりそれが好きです。それはうぐいすの歌よりずっと好きです。けれどもまるでうぐいすの歌とはちがいますね。あなたが歌っておいでになると、ぼくは歌のとおりに泣《な》きたくなることもあるし、笑《わら》いたくなることもあります。ばかだと思わないでください。あなたが静《しず》かにさびしい歌をお歌いになると、わたしはまたバルブレンのおっかあの所へ帰ったような気がするのです。目をふさいで聞いていると、またうちにいるおっかあの姿《すがた》が目にうかびますけれども、歌はイタリア語だからわかりません」
わたしはあお向いてかれを見た。かれの目にはなみだがあふれていた。そのときわたしはことばを切って、
「気にさわったのですか」とたずねた。
かれは声をふるわせながら言った。「いいや、気にさわるなんということはないよ。それどころかおまえは、わたしを遠い子どもだったむかしにもどしてくれた。そうだ、ルミや、わたしは歌を教えてあげよう。そうしておまえは情《なさ》け深いたちだから、やはりその歌で人を泣かせることもできるし、人にほめられるようにもなるだろう」
かれは言いかけてふとやめた。わたしはかれがそのとき、そのうえに言うことを好《この》まないらしいの
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