思って、かれの顔を見た。けれどかれはいっこうにまじめな顔をしていた。わたしは木ぎれをじっと見た。
それはうでぐらい長さがあって、両手をならべたくらいはばがあった。そのうえには字も絵も書いてはなかった。
わたしはからかわれるような気がした。
「あすこの木のかげへ行って休んでからにしよう。そこでどういうふうにわたしがこれを使って、本を読むことを教えるか、話してあげよう」と親方は言って、わたしのびっくりしたような顔を笑《わら》いながら見た。
わたしたちは木のかげへ来ると、背嚢《はいのう》を地べたに下ろして、そろそろひなぎくのさいている青草の上にすわった。ジョリクールはくさりを解《と》いてもらったので、さっそく木の上にかけ上がって、くるみを落とすときのように、こちらのえだからあちらのえだをゆすぶってさわいでいた。犬たちはくたびれて回りに丸《まる》くなっていた。
親方はかくしからナイフを出して、いまの板きれの両側《りょうがわ》をけずって、同じ大きさの小板を十二本こしらえた。
「わたしはこの一本一本の板に一つずつの字をほってあげる」とかれはわたしの顔を見ながら言った。わたしはじっとかれから目を放さなかった。「おまえはこの字を形で覚《おぼ》えるのだ。それを一目見てなんだということがわかれば、それをいろいろに組み合わせてことばにするけいこをするのだ。ことばが読めるようになれば、本を習うことができるのだ」
やがてわたしのかくしはその小さな木ぎれでいっぱいになった。それでABC《アベセ》の字を覚《おぼ》えるのにひまはかからなかったけれども、読むことを覚えるのは別《べつ》の仕事であった。なかなか早くはいかないので、ときにはなぜこんなものを教わりたいと言いだしたかと思って、後悔《こうかい》した。でもこれは、わたしがなまけ者でもなく、負けおしみが強かったからである。
わたしに字を教えながら親方は、それをいっしょにカピにも教えてみようかと思い立った。犬は時計から時間を探《さが》し出すことを覚《おぼ》えたくらいだから、文字を覚えられないことはなかった。それでカピとわたしは同級生になって、いっしょにけいこを始めた。犬はもちろん口で言えないから、木ぎれが残《のこ》らず草の上にまき散《ち》らされると、かれは前足で、言われた文字をその中から拾い出して来なければならなかった。
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