死ななければならないと思っているのだ。そこでおまえにひとつ心得《こころえ》てもらいたいことがある。世の中は戦争《せんそう》のようなもので、だれでも自分の思うようにはゆかないものだということだ」
そうだ、老人《ろうじん》の言ったことはほんとうであった。貴《とうと》い経験《けいけん》から出た訓言《くんげん》(教訓)であった。でもその訓言よりももっと力強い一つの考えしか、わたしはそのとき持っていなかった。それは『別《わか》れのつらさ』ということであった。
わたしはもう二度とこの世の中で、いちばん好《す》きだった人に会うことができないのだ。こう思うとわたしは息苦しいように感じた。
「まあ、わたしの言ったことばをよく考えてごらん。おまえはわたしといれば不幸《ふしあわ》せなことはないよ」と老人《ろうじん》は言った。「孤児院《こいじん》などへやられるよりはいくらましだかしれない。それで言っておくが、おまえはにげ出そうとしてもだめだよ。そんなことをすれば、あのとおりの広野原《ひろのはら》だ。カピとゼルビノがすぐとおまえをつかまえるから」
こう言ってかれは目の前のあれた高原《こうげん》を指さした。そこにはやせこけたえにしだ[#「えにしだ」に傍点]が、風のまにまに波のようにうねっていた。
にげ出す――わたしはもうそんなことをしようとは思わなかった。にげていったいどこへわたしは行こう。
この背《せい》の高い老人《ろうじん》は、ともかく親切《しんせつ》な主人であるらしい。
わたしは一息にこんなに歩いたことはなかった。ぐるりに見るものはあれた土地と小山ばかりで、村を出たらば向こうはどんなに美しかろうと思ったほど、この世界は美しくはなかった。
老人《ろうじん》はジョリクールを肩《かた》の上に乗せたり、背嚢《はいのう》の中に入れたりして、しじゅう規則《きそく》正しく、大またに歩いていた。三びきの犬はあとからくっついて来た。
ときどき老人はかれらに優《やさ》しいことばをかけていた。フランス語で言うこともあったし、なんだかわからないことばで言うこともあった。
かれも犬たちもくたびれた様子がなかった。だがわたしはつかれた。足を引きずって、この新しい主人にくっついて歩くのが精《せい》いっぱいであった。けれども休ませてくれとは言いだし得《え》なかった。
「おまえがくたびれるのは木のくつ
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