《むぎがし》をやることをやめたが、かれは弱らなかった。まずかれは哀願《あいがん》するような目つきでそれを求《もと》めた。それでくれないと見ると、かれはとこの上にすわって両手を胸《むね》の上に当てたまま、からだをゆがめて、ありったけの力でせきをした。かれの額《ひたい》の青筋《あおすじ》がにょきんととび出して、なみだが目から流れた。そしてのどのつまるまねをするのが、しまいには本物になって、もう自分でおさえることができないほどはげしくせきこんだ。
わたしはいつも親方が一人で出て行ったあと、ジョリクールといっしょに宿屋《やどや》に残《のこ》っていた。ある朝かれが帰って来ると、宿《やど》の亭主《ていしゅ》がとどこおっている宿料《しゅくりょう》を要求《ようきゅう》したことを話した。かれがわたしに金の話をしたのはこれが初《はじ》めてであった。かれがわたしの毛皮服を買うために時計を売ったということはほんのぐうぜんにわたしの聞き出したことであって、そのほかにはかれのふところ具合がどんなに苦しいか、ついぞ打ち明けてもらったことはなかったが、今度こそかれはもうわずか五十スーしかふところに残《のこ》っていないことを話した。
こうなってただ一つ残《のこ》った手だてとしては、今夜さっそく一|興行《こうぎょう》やるほかにないとかれは考えていた。
ゼルビノもドルスもジョリクールもいない興行。まあ、そんなことができることだろうか、とわたしは思った。
それができてもできなくても、どう少なく見積《みつ》もってもすぐ四十フランという金をこしらえなければならないとかれは言った。ジョリクールの病気は治《なお》してやらなければならないし、部屋《へや》には火がなければならないし、薬も買わなければならないし、宿《やど》にもはらわなければならない。いったん借《か》りている物を返せば、あとはまた貸《か》してもくれるだろう。
この村で四十フラン。この寒空といい、こんなあわれない一座《いちざ》でなにができよう。
わたしが、ジョリクールといっしょに宿《やど》に待っているあいだに親方がさかり場で一けん見世物小屋を見つけた。なにしろ野天《のてん》で興行《こうぎょう》するなんということはこの寒さにできない相談《そうだん》であった。かれは広告《こうこく》のびらを書いて、ほうぼうにはり出したり、二、三|枚《まい》の板でかれ
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