した。
わたしはものが言えなかった。ミリガン夫人《ふじん》がわたしの代わりに答えた。つまりわたしがいま親方に言われたとおりにしなければならないことを、アーサに言って聞かせた。
「親方さんにお願いしましたが、あなたをこのままわたしたちにくださることを承知《しょうち》してくださいませんでした」とミリガン夫人《ふじん》は、いかにも悲しそうな声で言った。
「あの人は悪い人だ」とアーサがさけんだ。
「いいえ、あの人は悪い人ではありません」とミリガン夫人は言った。「あの人にはあなたがだいじで手放せないわけがあるのです。それにあの人はあなたをかわいがっていられる……あの人はああいう身分の人のようではない、どうしてりっぱな口のきき方をなさいました。お断《ことわ》りになる理由としてあの人の言われたのは――そう、こうです、――わたしはあの子を愛《あい》している、あの子もわたしを愛している。わたしがあれに授《さず》けている世間の修業《しゅぎょう》は、あれにとって、あなたがたといるよりもずっといい、はるかにいいのだ。あなたはあれに教育を授けてくださるでしょう。それはほんとうだ。なるほどあなたはあれのちえを養《やしな》ってはくださるだろう、だがあれの人格《じんかく》は作れません。それを作ることのできるのは人生の艱難《かんなん》ばかりです。あれはあなたの子にはなれません。やはりわたしの子どもです。それはどれほどあれにとって居心地《いごこち》がよかろうとも、あなたの病身のお子さんのおもちゃになっているよりは、はるかにましです。わたしもできるだけあの子どもを教えるつもりですから――とこうお言いになるのですよ」
「でもあの人、ルミの父さんでもないくせに」とアーサはさけんだ。
「それはそうです。でもあの人はルミの主人です。ルミはあの人のものです。さし当たりルミはあの人に従《したが》うほかはありません。この子の両親が親方さんにお金で貸《か》したのですから。でもわたしはご両親にも手紙を書いて、やれるだけはやってみましょう」
「ああ、いけません。そんなことをしてはいけません」とわたしはさけんだ。
「それはどういうわけです」
「いいえ、どうかよしてください」
「でもそのほかにしかたがないんですもの」
「ああ、どうぞよしてください」
ミリガン夫人《ふじん》が両親のことを言いださなかったなら、わたしは親方がく
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