、かれらはぬけ出したのであった。ほえながらかれらは前へとび出した。わたしはかれらが親方にとびかかるのを見た。ほかの二ひきに比《くら》べてははげしくしかもしたたかにカピが、いきなり主人のうでにとびかかった。ゼルビノとドルスがその足にとびかかった。
 親方はわたしを見つけると、手早くカピをどけて、両うでをわたしのからだに投げかけた。初《はじ》めてかれはわたしにキッスした。
「ああよく無事《ぶじ》でいてくれた」とかれはたびたび言った。
 親方はこれまでわたしにつらくはなかったが、こんなふうに優《やさ》しくはなかった。わたしはそれに慣《な》れていなかった。それでわたしは感動して、思わずなみだが目の中にあふれた。それにいまのわたしの心持ちはたやすく物に動かされるようになっていた。わたしはかれの顔をながめた。刑務所《けいむしょ》にはいっているまにかれはひじょうに年を取った。背中《せなか》も曲がったし、顔は青いし、くちびるに血の気《け》はなかった。
「ルミ、わたしは変《か》わったろう。なあ」とかれは言った。「刑務所《けいむしょ》はけっしてゆかいな所ではなかった。それに苦労《くろう》というものは、たちの悪い病気のようなものだ。けれどもう出て来ればだいじょうぶだ。これからはよくなるだろう」
 それから話の題を変《か》えてかれは言い続《つづ》けた。
「わたしの所へ手紙を寄《よ》こしたおくさんのことを話しておくれ。どうしてそのおくさんと知り合いになったのだ」
 わたしはここで、どうして白鳥号に乗って堀割《ほりわり》をこいでいたミリガン夫人《ふじん》とアーサに出会ったか、それからわたしたちの見たこと、したことについてくわしく話した。わたしは自分でもなにを言っているのかわからないほど、のべつまくなしに話をした。こうしてわたしは親方の顔を見ると、これから別《わか》れてミリガン夫人《ふじん》の所にいたいと言いだす気にはなれなかった。
 わたしたちはまだ話のすっかりすまないうちに、ミリガン夫人のとまっているホテルに着いた。親方は夫人が手紙でなんと書いて来たか、それは言わなかったから、わたしはかの女の申し出がどんなものであるかなんにも知らなかった。
「そのおくさんはわたしを待っていられるのかな」と、わたしたちがホテルにはいったときにかれは言った。
「ええ、ぼくがいまおくさんの部屋《へや》に案内《あん
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