はできない。なぜならかの女はわたしのほんとうの母親ではないのだから。
 わたしは独《ひと》りぼっちだった。わたしはいつでも独りぼっちでいなければならない……だれの子どもでもないのだ。
 わたしはもうこの世の中は、そうなんでも思うようになる所でないことを知るだけに大きくなっていた。それでわたしは母親もないし、家族もないから、友だちでもあればどんなにうれしいだろうと思っていた。だからこの小舟《こぶね》に来て、わたしは幸福であった。ほんとうに幸福であった。けれど、ああ、それは長く続《つづ》けることはできなかった。わたしがまたむかしの生活に返る日はおいおいに近づいていた。


     捨《す》て子《ご》

 旅の日数《ひかず》のたつのは早かった。親方が刑務所《けいむしょ》から出て来る日がずんずん近づいていた。船がだんだんツールーズから遠くなるに従《したが》って、わたしはこの考えに心を苦しめられていた。
 船の旅はこのうえなくおもしろかった。なんの苦労《くろう》もなければ、心配もなかった。これがせっかく水の上を気楽に通って来た道を、今度は足でとぼとぼ歩いて帰らなけれはならないときがじき来るのだ。
 これはたまらなくおもしろくないことであった。そうなればもう寝台《ねだい》もなければ、クリームもない。お菓子《かし》もなけれは、テーブルを取り巻《ま》いた楽しい夜会もなくなるのだ。
 でもそれよりもこれよりもいちばんつらいのは、ミリガン夫人《ふじん》とアーサとに別《わか》れることであった。わたしはこの人たちの友情《ゆうじょう》からはなれなければならないであろう。そのつらさはバルブレンのおっかあに別れたときと同じことであろう。
 わたしはある人びとをしたったり、その人びとからかわいがられると、もう一生その人たちといっしょにくらしたいと思う。それがあいにくいつもじきその人たちと別《わか》れなければならないようになる。いわばちょうどその人たちと別れるために、愛《あい》し愛されたりするようなものであった。
 このごろの楽しい生活のあいだに、ただ一つこの心痛《しんつう》がわたしの心をくもらせた。
 ある日とうとうわたしは思い切って、ミリガン夫人《ふじん》に、ツールーズへ帰るにはどのくらいかかるだろうと聞いた。親方が刑務所《けいむしょ》から出る日に、わたしは刑務所の戸口で待っていようと思ったの
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