》い声《ごえ》で、しかしその答えはじゅうぶんであった。みんなは親方に賛成《さんせい》して巡査《じゅんさ》を嘲弄《ちょうろう》した。とりわけジョリクールがかげでしかめっ面《つら》をするのをおもしろがっていた。このさるは『権力《けんりょく》が代表せられる令名《れいめい》高き閣下《かっか》』の真後《まうし》ろに座《ざ》をかまえてこっけいなしかめっ面をして見せていた。巡査《じゅんさ》は両うでを組んで、それからまた放して、げんこつをこしに当てて、頭を後ろに反《そ》らせていた。そのとおりをさるはやっていた。見物人らはおかしがって、きゃっきゃっと言っでいた。
 巡査はそのときふとなにをおもしろがっているのか見ようとして後ろをふり向いた。するとしばらくのあいださると人間とはたがいににらみ合わなければならなくなった。どちらが先に目をふせるか問題であった。
 群衆《ぐんしゅう》はおもしろがって金切り声を上げていた。
「きさまの飼《か》い犬《いぬ》があすも口輪《くちわ》をしていなかったらすぐきさまを拘引《こういん》する。それだけを言いわたしておく」
「さようなら閣下《かっか》。ごきげんよろしゅう。いずれ明日」と親方は言って頭を下げた。
 巡査《じゅんさ》が大またに出て行くと、親方はこしをほとんど地べたにつくほどに曲げて、からかい面《づら》に敬礼《けいれい》していた。そして芝居《しばい》は続《つづ》けて演《えん》ぜられた。
 わたしは親方が犬の口輪《くちわ》を買うかと思っていたけれども、かれはまるでそんな様子はなかった。その晩《ばん》は巡査とけんかをしたことについては一|言《ごん》の話もなしに過《す》ぎた。
 わたしはとうとうがまんがしきれなくなって、こちらからきりだした。
「あしたもしカピが芝居《しばい》の最中《さいちゅう》に、口輪《くちわ》を食い切るようなことがあるといけませんから、まえからそれをはめておいて慣《な》らしてやらないでもいいでしょうか。わたしたちはカピによくはめているように教えこむことができるでしょう」
「おまえはあれらの小さな鼻の上にそんな物をのせたいとわたしが思っているというのか」
「でも巡査《じゅんさ》がやかましく言いますから」
「おまえはんのいなかの子どもだな。百姓《ひゃくしょう》らしくおまえは巡査をこわがっているのか。心配するなよ。わたしはあしたうまい具合に取り
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