だがそれは返事はしないで、ただ黙った。その笑い声は鳥の鳴き声めいていた。
 するとけものかな。
 主人はやはり問いを続《つづ》けた。
 こうなると、それが今度口をきいて返事をしたら、やはり人間にちがいなかった。
 ところでわたしのびっくりしたことには、その怪物《かいぶつ》は、この近所には人家はないが、ひつじ小屋は一けんあるから、そこへ連《つ》れて行ってやろうと言った。
 おやおや、口がきけるのに、なぜけものような前足があるのだろう。
 わたしに勇気《ゆうき》があったら、その男のそばへ行って、どんなふうに前足ができているか見て来るところであったろうが、わたしはまだ少しこわかった。そこで背嚢《はいのう》をしょい上げてひと言も言わずに親方のあとについて行った。
「これでおまえ、正体がわかったろう」と親方は言って、道みち歩きながらも笑《わら》っていた。
「でもぼくはまだなんだかわかりません。じやあこのへんには大男がいるのですか」
「そうさ。竹馬に乗っていれば大男にも見えるさ」
 そこでかれはわたしに説明《せつめい》してくれた。砂地《すなじ》や沼沢《しょうたく》か多いランド地方の人は、沼地《ぬまち》を歩くとき水にぬれないように、竹馬に乗って歩くというのであった。なんてわたしはばかだったのであろう。
「これでこのへんの人が、七里ぐつをはいた大男になって、子どもをこわがらせたわけがわかったろうね」


     裁判所《さいばんしょ》

 ポー市にはゆかいな記憶《きおく》がある。そこは冬ほとんど風のふかない心持ちのいい休み場であった。
 わたしたちはそこに冬じゅういた。金もずいぶんたくさん取れた。お客はたいてい子どもたちであったから、同じ演芸《えんげい》を何度も何度もくり返してやってもあきることがなかった。金持ちの子どもたちで、多くはイギリス人とアメリカ人の子どもであった。ぽちゃぽちゃとかわいらしく太った男の子、それに、大きな優《やさ》しい、ドルスの目のような美しい目をした女の子たちであった。そういう子どもたちのおかげでわたしはアルバートだのハントリだのという菓子《かし》の味を覚《おぼ》えた。なぜというに子どもたちはいつでもかくしにいっぱいお菓子をつめこんで来ては、ジョリクールと犬とわたしに分けてくれたからであった。
 けれども春が近くなるに従《したが》って、お客の数はだんだ
前へ 次へ
全160ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
マロ エクトール・アンリ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング