、ペンの入ったその箱は、一昨日《おととい》ここに運びこまれていたものでした。
「まア私、どうして、今まであれに気がつかなかったんでしょう。私お手紙を書いて、あのテエブルの上にのせておくわ。そうすれば、きっと片付けに来る方が、手紙も一緒に持ってって下さるわ。」
そこで、セエラは次のような手紙を書きました。
[#ここから2字下げ]
あなたは、御自分を秘密に遊ばしたい御所存でいらっしゃいますのに、こんな手紙をさし上げる失礼をお赦し下さい。私は決して失礼なことをしたり、何か捜《さぐ》り出そうとしたりなどするつもりはないのでございます。ただ、これほどまでに御親切にして下さったこと、何もかもお伽噺のようにして下さったことに対して、一言お礼を申し上げたいのでございます。あなたの御恩は決して忘れません。私も、ベッキイも、それはそれは幸福《しあわせ》です。私共は、ほんとうにいつも寂しく、寒く、空腹がちでしたのに、今は――あなたはまア、私共のために大変なことをして下さいましたのね。お礼だけは言ってもよろしいでございましょう。いわねば済まぬような気が致します。ありがとう! ほんとうにありがとうございます。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から4字上げ]屋根裏部屋の少女
セエラは翌朝この手紙をテエブルの上にのせておきました。夕方帰ってみると、手紙は他のものと一緒に持ち去られたようでした。セエラは、手紙が首尾よく魔法使に届いたのだと思うと、一層幸福になりました。その晩、セエラがベッキイに新しい本を読んで聞かせていますと、天窓のところにふと何か音がしました。
「何かいるのよ、お嬢さん。」
「そうね、何だか、猫が入りたがっているような音ね。ひょっとすると、またあのお猿が脱け出して来たのかもしれないわ。」
セエラは椅子の上に立って、気を配りながら天窓をあけ、外を覗きました。雪の日で、白く積った窓の外に、震えながら蹲っているものがありました。
「やっぱり猿よ。きっと東印度水夫《ラスカア》の屋根裏から這出《はいだ》して、この灯《あかり》にひかれてここへ来たのよ。」
ベッキイは走り寄っていいました。
「お嬢さん、入れてやるつもり?」
「ええ、お猿を外に出しといちゃア、寒すぎて可哀そうよ。猿は寒さに弱いのよ。私、だまして入れてやろう。」
セエラは、いつも雀やメルチセデクに話しかける時のように、片手をさしのべながら、あやすように話しかけました。そうしているとセエラは、セエラ自身まるで何か小さな人なつっこい獣で、内気で野蛮な獣の気持をよくのみこんでいるようでした。
「お猿さん、入らっしゃいな。私、苛めやしないことよ。」
そんなことは猿も知っていました。で、セエラがそっと手を取り、天窓の上にさし上げた時も、されるままになっていました。セエラが抱きしめると、猿もセエラの胸にしがみつき、髪の毛を親しげに握って、セエラの顔を覗きこみました。
「いいお猿だこと。私、小さな生物《いきもの》が大好きよ。」
猿は火にありついてうれしそうでした。セエラが坐って、膝の上にのせてやりますと、猿は物珍らしげに、彼女とベッキイとを見比べました。
「この子は不器量ね、お嬢さん。」
「ほんとに、不器量な赤ん坊のような顔をしているわ。お猿さん、御免なさい。でも、お前、赤ちゃんでなくてよかったわ。お前のお母さんは、まさかお前を自慢するわけにもいかないでしょう。御親戚のどなたに似てらっしゃるなどとうっかりお世辞をいうわけにもいかないしね。でも私、ほんとにお前が好きよ。」
セエラは椅子にもたれて、思い返しました。
「この子だって、きっと器量が悪いので悲観しているのよ。その事がしょっちゅう心にあるんだわ。でも、猿に心なんてあるかしら? 可愛いお猿さん、あなたには心がおありでございますか?」
が、猿はただ小さい手をあげて、頭を掻いただけでした。
「お嬢さん、この猿、どうするの?」
「今夜は、私の所にお泊《とま》よ。明日になったら、印度の小父さんの所へ伴れて行くつもり。私はお前を返すのが惜しいのだけどね、でも、お前は帰らなきゃアいけないのよ。お前は家中《うちじゅう》で一番可愛がられるようにならなきゃアいけませんよ。」
セエラは眠る時、自分の足許に猿の巣をつくってやりました。すると、猿はその巣が気に行ったらしく、赤ん坊のようにその中に埋《うずま》って眠りこみました。
十七 「この子だ」
翌日《あくるひ》の午後には、大屋敷の子が三人印度紳士の書斎に坐って、病人の気をひきたてようとしていました。子供達は、特に病人から来てくれといわれたので、来て病人を慰めているのでした。印度紳士は、ここしばらくの間、生きた心地もないほどでしたが、今日こそは、ある事を熱心に待ち受けておりました。そのある事というのは、カアマイクル氏がモスコウから帰って来ることでした。氏の帰朝は、予定より何週間も遅れたのでした。初めモスコウに着いた時には、索《もと》める家族がどこにいるものか、少しも判りませんでした。やっと尋ね当てて行ってみますと、あいにく旅行中で不在でした。旅先に追いかけて行こうとしても無駄だったので、氏はその人達の帰るまでモスコウで待つことにしたのでした。
カリスフォド氏は安楽椅子に寄りかかり、ジャネットはその下に坐っていました。ノラは足台を見付けて坐り、ドウナルド(ギイ・クラアレンスのこと)は皮の敷物の飾りについている虎の頭に跨《またが》っていました。少年はかなり乱暴に頭をゆすっていました。
「ドウナルド、そんなに噪《さわ》ぐんじゃアありませんよ。」と、ジャネットはいいました。「御病人に元気をつけてあげようっていう時には、そんな金切声を出すものじゃアありませんよ。カリスフォド小父さん、喧しすぎやしなくて。」
病人は、彼女の肩を軽く叩いて、
「いや、そんなことはない。噪いでくれた方が、考えごとを忘れていいのだよ。」
「僕は、これから静かにするよ。」と、ドウナルドはいいました。「みんなで、二十日鼠のようにおとなしくしようじゃアないか。」
「二十日鼠が、そんな大きな音をさせるものですか。」
ドウナルドは手巾《ハンカチ》で鐙《あぶみ》を造り、虎の頭の上で跳ね躍りました。
「鼠がありったけ出て来たら、このぐらいの音はさせるよ。千匹ぐらいいりゃア、するよ。」
「五万匹集ったって、そんな音しやしないわ。一匹の鼠ぐらい、おとなしくしなきゃア駄目よ。」
カリスフォド氏は笑って、また彼女の肩を叩きました。
「お父様は、もうじきお着きになるのね。あの行方不明の娘さんの話をしてもよろしくって?」
「私は今、その話よりほか、とても出来そうにない。」
印度紳士は、疲れた顔の額に皺をよせました。
「私達は、その子がそれは好きなのよ。みんなでその子のことを、『妖女《フェアリイ》ではないプリンセス』って呼んでるの。」
「なぜ、そう呼ぶの?」
「こういうわけなの。あの子は、ほんとうは妖女《フェアリイ》じゃアないけど、見付かった時には、まるでお伽噺の中のプリンセスみたいに、お金持になるのでしょう。初めは『妖女《フェアリイ》の国のプリンセス』といってたんですけど、そいじゃアしっくりいかないから、『妖女《フェアリイ》じゃアないプリンセス』にしたの。」
すると[#「すると」は底本では「す と」]、ノラはいいました。
「あの、あの子のお父様がダイヤモンド鉱山のために、お金をすっかりお友達にあげてしまったって話は、ほんとなの? そして、そのお友達は、そのお金をすっかり失くしたと思ったので、自分は泥棒のようなものだと思って、逃げ出したのですって?」
ジャネットは急いで、
「でも、その方は、泥棒でも何でもなかったのよ。」といいました。
印度紳士は、つとジャネットの手を取りました。
「まったく、そうじゃアなかったのだよ。」
「私、その方がお気の毒でならないの。」と、ジャネットはいいました。「その方は、お金を失くすつもりなんかなかったのよ。そんなことになって、どんなに胸を痛めたでしょう。きっと、お苦しみになったでしょうね。」
すると、印度紳士はジャネットの手を、ひしと握りしめて、いいました。
「あなたは、何でもわかる若い御婦人だね。」
「姉さん、カリスフォド小父さんに、あの話をした?」と、ドウナルドが大きな声を立てました。「あの『乞食じゃアない小さな女の子』の話をさ。あの子がいい着物を着てるって、話した? きっとあの子も、今まで行方不明だったのを、誰かに見付け出されたのだよ。」
「あら、馬車が来た。」と、ジャネットが叫びました。「宅《うち》の前で止ったわ。お父様のお帰りだわ。」
皆は窓の所へ飛んで行きました。
「ああ、お父さんだよ。」と、ドウナルドが告げました。「でも、小っちゃな女の子はいないよ。」
三人はじっとしていられなくなったので、先を争って玄関へ飛び出しました。お父様がお帰りになると、いつも子供達はそうして迎え入れるのでした。三人が飛び上ったり、手を拍《う》ったり、抱き上げられて接吻されたりしている気配が、部屋の中にいても、はっきり感じられました。
カリスフォド氏は立ち上りかけて、またどかりと椅子の中に身を落しました。
「駄目だ、俺は何というやくざな人間だろう。」
カアマイクル氏の声が、戸口に近づいて来ました。
「今は、駄目だよ。カリスフォドさんとお話をすましてからにしてくれ。その間、ラム・ダスと遊んでたらいいだろう。」
戸が開いて、カアマイクル氏が入って来ました。氏は前よりも血色がよく、活々《いきいき》した顔をしていましたが、眼には失望の色を湛えていました。病人の待ちかねた眼付を見ると、氏はよけい気づかわしげになりました。
「どうだった?」と、カリスフォド氏が訊ねました。「ロシヤ人がひきとったというその子は、どうだった?」
「その子は、我々の探している娘じゃアなかったのです。クルウ大尉の娘よりは、ずっと年下でしてね。名前はエミリイ・クルウなのです。私はその子と会って話して来ました。ロシヤ人の家族は、委細を聞かしてくれましたよ。」
印度の紳士の失望といったらありませんでした。紳士は今まで握っていたカアマイクル氏の手を離して、だらりと自分の手を落しました。
「それじゃア、また捜索をやりかえさなければならないんだな。じゃア、やりなおすまでのことだ。まア、そこに掛けたまえ。」
カアマイクル氏は腰を下しました。彼は自分が健康で幸福《しあわせ》なせいか、この不幸な病人が、気の毒で、だんだん好きになって来るのでした。この家《うち》の中に一人でも子供がいたら、少しは寂しさもまぎれるだろうに。こうして一人の男が、一人の子供を不幸にしているという思いのため、絶え間なく悶えているとは――大屋敷の主人は、病人に元気をつけるようにいいました。
「大丈夫、まだ見つけられますよ。」
「すぐまた捜索を始めにゃアならん。ぐずぐずしちゃアいられない。」カリスフォド氏はいらいらして来ました。「君、何か新しい心当りはないだろうか?――何かちょっとした心当りでも。」
カアマイクル氏も落ちつかない風に立ち上り、考えながら部屋の中を歩き廻りました。
「何かありそうでもありますな。どれだけの根拠があるかは、私にも判りませんが、というのはドオヴァからここまでの汽車の中で、いろいろ考えているうち、ふと思いついたんですが。」
「どんなことです? あの娘が生きてるとすると、どこかにいるわけだ。」
「その通り、どこかにいるはずなのですよ。パリイの学校《スクール》という学校《スクール》は、もう捜索の余地がありません。だから、今度はパリイを切り上げて、ロンドンに移るんですな。つまり、ロンドンに捜索の手を移すというのが、私の思いつきです。」
「ロンドンにも無数の学校がある。」カリスフォド氏はそういってから、ふと何かを思い出して、かすかに身を起しました。「そら、隣にだって一つあるじゃアないか。」
「じゃア、隣から始めることにしたらいかがです。近い所から始
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