させられるかもしれませんが、それとてきっと女中の着るようなひどいものでしょう。これから先、何かよい方に変化が起って、再び幸福な身分になろうとは、セエラにはどうしても思えませんでした。
 ふと、また何かを思いついたので、セエラの頬は紅くなり、眼は輝き出しました。彼女は痩せた身体をしゃんと伸し、顔を起しました。
「どんなことがあっても変らないことが、一つあるわ。いくら私が襤褸《ぼろ》や、古着を着ていても、私の心だけは、いつでもプリンセスだわ。ぴかぴかする衣裳を着て宮様《プリンセス》になっているのは容易《たやす》いけど、どんなことがあっても、見ている人がなくても、宮様《プリンセス》になりすましていることが出来れば、なお偉いと思うわ。マリイ・アントアネットは玉座を奪われ、牢に投げこまれたけど、その時になってかえって、宮中にいた時よりも、女王様らしかったっていうわ。だから、私マリイ・アントアネットが大好き。民衆がわアわア騒いでも、女王はびくともしなかったそうだから、女王は民衆よりずっと強かったのだわ。首を斬られた時にだって、民衆に勝ってたんだわ。」
 この考えは、今考えついたわけではありません。セエラはいままででも、辛い時には、いつもこの事を考えて、自分を慰めていたのでした。ミンチン先生にひどいことをいわれる時など、セエラは心の中でこういいながら、黙って先生を見返しているのでした。
「先生は、そんなことを、宮様《プリンセス》にいってるのだということを御存じないのね。私がちょっと手を上げれば、あなたを死刑にすることだって出来るのですよ。私は宮様《プリンセス》なのに、先生は愚かな、意地悪なお婆さんなのだと思えばこそ、何といわれても、赦してあげているのよ。」
 セエラは宮様《プリンセス》である以上、礼儀深くなければいけないと思いましたので、ミンチン先生はもとより、召使達が彼女にどんなひどい事をした時も、決して取り乱した様子などしませんでした。
「あの若っちょは、バッキンガムの宮殿からでも来たみてエに、いやにもったいぶってやがる。」と、料理番も笑ったほどでした。
 ラム・ダスとお猿の訪問を受けた次の朝、セエラは教室で、下の組の少女達にフランス語を教えていました。授業時間が終ると、セエラは教科書を片付けながら、御微行《ごびこう》中の皇族方がさせられたいろいろの仕事のことを考えていました。――アルフレッド大帝は、牛飼のおかみさんにお菓子を焼かされ、横面《よこつら》を張りとばされました。牛飼のおかみさんは、あとで自分のした事に気づいて、どんなに空恐ろしくなったでしょう。もしミンチン先生に、セエラがほんとうの宮様《みやさま》だと解ったら、先生はどんなに狼狽《あわて》るでしょう。――その時のセエラの眼付がたまらなかったので、ミンチン先生は、いきなりセエラの横面を張りとばしました。今考えていた牛飼の女のした通りのことをしたわけです。セエラは夢から醒めて、この事に気がつくと、思わず笑い出しました。
「何がおかしいんです。ほんとにずうずうしい子だね。」
 セエラは、自分が宮様《プリンセス》だったということをはっきり思い出すまで、ちょっとまごまごしていました。
「考えごとをしていたものですから。」
「すぐ『御免なさい』といったらいいだろう。」
 セエラは答える前に、ちょっと躊躇《ためら》いました。
「笑ったのが失礼でしたら、私あやまりますわ。でも、考えごとをしていたのは、悪いとは思えません。」
「いったい何を考えていたのだい? え? お前に、何が考えられるというのさ。」
 ジェッシイはくすくす笑い出しました。それからラヴィニアと肱をつつきあいました。ミンチン先生がセエラに喰ってかかると、生徒達は皆面白がって見物するのでした。セエラは何と叱られても、少しもへこたれないばかりか、きっと何か変ったことをいい出すのです。
「私ね――」と、セエラは丁寧にいいました。「私、先生は御自分のなすってることが、何だか御存じないのだろうと、考えていたのです。」
「私のしていることが、私に解らないっていうのかい?」
「そうです。私が宮様《プリンセス》で、先生が宮様《プリンセス》の耳を打ったりなどなさったら、どんなことになるかしら――私は宮様《プリンセス》として、先生をどう処置したらいいだろうか、と思っていたところです。それから、私が宮様《プリンセス》だったら、先生は私が何をしようと、耳を打つなんてことは、なさらないだろうと思っていました。それからまた、お気がついたら、先生はどんなに驚いて、お狼狽《あわて》になるだろうと――[#「――」は底本では「―」]」
「何、何に気がついたらというんですよ。」
「私が、ほんとうの宮様《プリンセス》だということに。」
 教室にいるだけの少女達の眼は、
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