らでしょう、扉《ドア》が半分開けたままんなっていて、パトラッシュの求める足跡は、そこからてんてんと白い雪を落して奥へつづいているのでした。そのかすかな白い一すじにみちびかれて、神々しい静かな堂内の、ひろびろした円天井《まるてんじょう》の下を通って、まっすぐに聖堂の入口まで来ると、そこに倒れているネルロを見出しました。パトラッシュは、よろめくようにかけよって、ぴったりと顔をすりよせました、「あなたを見すてるような、そんな不忠ものと思わないで――」と言うように。
 ネルロは低く叫んで身を起しました。そして、しっかりと犬を抱きしめながらささやきました。
「おおパトラッシュ、可哀想なパトラッシュ。ふたり一しょに死のう。世間の人は、もう僕たちには用がないのだ。ここで横になって死のう。僕たちはたったふたりっきりだ。」
 ものの言えないパトラッシュは、答えの代りに、なおもネルロの胸にひしとその頭をおしつけました。大粒の涙が、その茶色の悲しそうな瞼にたまりました。
 ふたりは刺されるような寒さの中で、しっかりと抱き合って横になりました。
 ふたりが横たわっている石造建築の広い内部は、野ざらしよりもっと寒さがひどいのでした。そのふれるもの一切を凍らせずにはおかないような狂風。――闇の中を、ときどき蝙蝠がとびまわるのでした。ルーベンスの画の下にふたりは横たわっていました。あまりの寒さに、からだはしびれ、ふしぎな眠気がおそって来て、ふたりは次第に気がとおく、うっとりとなって行きました。ふたりの心にはすぎ去った楽しい日のことが浮び出ました。夏の牧場の花の咲きみだれた中を互に追いつ追われつかけまわったことや、運河の岸のしげった草の中にすわり、静かにすべり行く船をながめくらしたことや――。ふたりは争いというものを知りませんでした。ネルロはパトラッシュをいとしみ、パトラッシュはネルロを慕い、お互に深く深く愛し合っていました。ふたりがこの世に生きていたのは短い間でしたが、ふたりがつくさねばならない義務はつくしました。どんな人にも獣にも恨みを持ったことがなく、きわめて素直でしたから、決して心に何のとがめることもなく、はればれしていました。そして今、饑えにおとろえはて、血は寒さに凍りクリスマス前夜の夜あかしのたのしさを思い浮べながら、昏々《こんこん》と死んで行こうとするのです。
 突然、大きな白い光が
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