分らないのか?」
之は何よりも悪い思想である。盗む機会を態と与えてやる人は、恐らくその機会に引き入れられて、盗みを行う人よりもより多く有罪であるに違いない。
私の不注意と無関心とを覘っていた娘は、不意に一本の櫛を抜き取って、袖の下へ隠した、立ち上ると、今度は袂の中へ押し込んで、急いで闇の濃い方へ消え去ろうとした。
痛々しい生活に疲れて、何の慰みもない私は、此の時久しぶりに淋しい微笑を洩らしたのである。それは何とも云えぬ意地悪い、悪魔的な笑いであった。私は網を掛けて太った鴨を捕えた百姓と同じ心持になって立ち上った。
私は或る露店で女性の後ろ姿に追いついた。
「へへへへへ―へへへへへ」と私は唯笑って跡に従った。けれど、「貴方は盗んだね。」と難詰する事を何故か控えて了った。此の忍耐が何よりも悪かったのである。私は何も弁解しまい。私には実を云うと私の心理がよく分らない。痛み――何か漠然とした痛みがあった丈なのである。
娘は一寸振返った。彼の女は確かに驚いた如く見えた。見えたと云っても、其処は全くの闇の中だったので、或いは彼の女は私を見なかったかも知れない。又私を見たとしても、それがセ
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