については、何の證拠もないと云うのですか?」
「少しはあるんです。妹さんは時々独り言を云う癖があるでしょう。或る時、洗濯物を抱えた儘で『貴方、貴方、貴方!』と口走っていたんです。誰だって、自分の事を貴方なんて云いはしませんからね。」
「それは證拠とは云えませんね。」と私は薬剤師を少し疑った。けれども、私は妹が院長の息子のために貞操を傷けられ、その上、詐欺的犯罪の犠牲となって、獄舎へ迄も引かれたのだと云う漠然とした観念を植えつけられずにはいなかった。
怨恨と憤怒とは再び私の心を領した。薬剤師と心を組んで、色々の噂や、息子の様子を探れば探る程、疑いは真実と代って行った。
残忍な内謀は日に日に私の心の中で育って行った。読者は忘れたであろうか? 私は一時自暴自棄と依怙地とから、犬殺しにさえ進んでなった、暗怪な青年である。
私は殺人を夢み、又妄想し、遂に意図し、企画し初めたのである。刃物は用意され、逃げる道が地図の上に赤い線で記された。
ある人は私の愚を詰って云うであろう。何故お前は真の犯人たる院長の息子を其の筋へ訴えないのか? と。
けれど、それは私の眼から見るなら無駄事としか思われ
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