けたようであった。
 足音は静かに室内へと移った。そして私の寝台へ向ってゆっくりと進んで来た。私は心を締められるように緊張した。そして名状しがたい畏怖の念でガバと起き上った。振り返って、足音の主を見詰めた時、私は到頭、
「アッ!」と云う声を絞り出した。足音の主は四囲を見廻し、私の叫びが決して遠い室々へ迄は達《とど》かぬのを推察した。そして、
「静かに……」と手で制した。「驚くことはない、驚く事は……」けれどその声は少し慌て気味であり、自ら怯えているようであった。一体何事であったのか?
 其処に立っているのは確かに院長であった。然も平常の院長ではない。その点が私を脅やかした大きな原因であった。彼は異人風の寝巻を長々と着、房を垂らし、それから哲学者が冠り相な夜帽を戴いていた。私は斯んな院長の姿を見るのは実に初めてであった。それ許りなら未だ何でもない。彼は片手に大きな壺を抱いて、平常は青い顔を真紅にし、私を眤っと見下していたのである。この妙な行動の半分が狂気から出来ていないと誰が云い得よう。
「何うなさったのです。先生……」と私は呆気に取られつつ小声で云った。小声にである。
「いや……」と院
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