の身内なんだろうと私は思いますね。ええ、それ丈はもう確かなのです。父はそれを貴方に打ち明けたくて、あの骨の壺迄も貴方に示したに相違ありません。」
「では、あの骨は誰れのだと仰言るんですか?」私は疑念で顔を曇らした。
「勿論、あの頭蓋は女性のものですよ。今度の火事で、なくなって了ったが、実に惜しい事をしました。あれは何でも異常に美麗だった女性の骨です。私は三度も取り出して見たけれど、何時も、あの端麗な骨相によって、それが生きていた日の好く均斉のとれた美貌をも思いやる事が出来ました。」
「では、その女性の顔と私の顔とが似ているとでも仰言ったんですか――院長さんが――」
「まず、そんな訳になるでしょう。いや、そうだ。それに違いない。あの女性こそ貴方の母親だったんではないでしょうか。勿論、よくは私にも分らないが……」
「造り事はおよしなさい。それは空想の過剰から来たものに過ぎない。私に云わせれば、斯うです。院長はあの骨が生きていた頃、それを愛していたに相違ない。所が、その女の顔が私と似ていたのに気附いて、妙な追想に耽り、私をも愛着するようになったんです。唯それ丈です。私が紫の室に臥ていた時、そこへきた院長の挙動や眼附でもって、以上の推察を下し得るんです。」
「いや、事件はもっと複雑に違いない。あの骨の女性は父とその兄との共有物、もしくは互いに争奪しあった宝石だったんです。此の事は父が前にも三度程打ち明けたのだから、疑いのない話です。それで父の兄は極く秘密に女を殺したんですね。それも父の話の様子で大概推察されるんですが。貴方分りますか?」
「私は何も信じません。好い加減な芝居をかく事はお止しなさい。私は唯貴方の反省を促すんです。」斯んな風に話は再び当の問題へ戻って行って了ったのである。
 それから間もなく私を何より不快にしたのは、院長の子息が可成りな金子を持って上海へ渡って了った事件であった。
 けれど、私は最早、その跡を追うまいと諦めた。又追うにしても、それ丈の金が懐ろにはなかったのである。私は再び憤怒に似た或るものを感じ、自分の不甲斐なさを悔い初めた。ハムレット風な憂悶は絶えず私の前額を蔽い、眼の光りを曇らせた。
「妹よ。許して呉れ! ああ私が悪い。そして周囲が悪いのだ。空間も時間も皆間違っているのだ。」
 私は斯う呟きながら、不図ある一点を注視した。ああ、そして私は自分の悪い疑念を鞭打った。
 私は何を見たのか? 骨の壺に刻まれたアラビヤ文様の幻影であるか? 或いは美女の幽霊であるか? それである、一人の美しく若い処女――それがあの免職教員と睦まじく肩を並べ、向うの方へと曲って行くのである。
 あれは盗みをした可愛い娘ではないか? 何故今頃、教員に用があって、面会するのか? 何故二人はあんなに楽しそうなのか?
 ああ、そして私は何んなに淋しく沈みかえり、妹を手元から失い、敵をこの街から逃して了ったか? 私の慰安は一体何処にあるのか? 前に関係した二人の姉妹も絶交を申し出し、そして、行衛をくらまして了っている。ああせめて、あの妹娘の方丈でも、私の傍らに居たら……
 だのに、彼処を見よ。若い教員、そして新鮮な美女! 二人は一緒に巣を造る二羽の小鳥のように舞っている。おお、あれは教誨する師と、懺悔する教え子の姿ではない。たしかに無い。
 嫉妬? それに似たものが暗い雲のように私の心を埋めた。私は勢いづいて二人の影を追い駈け、そして二人の間へと、無遠慮に割り込んで行った。
 処女はいじけた小鳥のように顫えた。そして教員は? 彼は沈鬱な表情で私を見上げた。私は男の方へは注意せず、女の方を真正面から眤と見てやった。彼の女は消え易い雪の様に素直で臆病であった。何うして斯んな大人し気な女が盗みを働いたか? それは一つの大きな疑問である。
「ミサ子さん!」と私は馴れ馴れしく云ってやった。「ミサ子さんとは、何て好い名だろう。あの晩に教わった名ですね。」
 教員は険悪な風向きを見て取ると、私を慰撫するように口を入れた。
「ああ、心は微妙な丈に、又毀れ易いものです。さあ、此の娘さんの心を掻き乱さないように、二人で愛して上げねばいけない。」
「二人で愛する?」と私は眼を赤く怒らして、教員の前に立ち塞がった。けれど、不意に自ら耻じると、主人に会った犬のように、私は大人しい表情に戻り、それから静かに処女の方を振り返った。
 ああ、その時である。その処女が私を強い恋着の眼で見つめて居たように思い取れたのは……けれど私はそれを気にしなかった。いや、自分の見ちがい、もしくは思いちがいであると信じて了った。
 私は落ちついて、別れの言葉を告げ、二人をうしろにして、他の路を取った。淋しい心から、頼り所のない気持が湧き上って、斯う私に問うようであった。
「何うしたのだ。あ
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