た。
 彼れの汗で濡れた広い額は丁度雨上りの庭土のように、暗い光りで輝き、濃い眉毛に密接した奥深い眼は、物体の形よりも、寧《むし》ろ唯《た》だその影だけを見つめているように、懶《もの》う気であった。彼れの鼻は以前にも増して、嶮《けわ》しく尖り、木で造ったかと思われる程に堅い印象を私に与えた。一カ月以前迄、彼れが小指にはめて居たニッケルの指環――鷲《わし》の頭が彫ってある――は、今や彼れの薬指へと移っていた。この事実は彼れが最近、何れ程急激な速度で、痩《や》せ初めたかを、明らかに証拠立てていた。
 その日、彼れは私の紹介によって、病院の三等室へ――それも特別の割引きで――入院する事に決めて貰ったのである。
 彼れは感謝の意を表すため、言葉を口走るよりも先に、大層|慌《あわ》てて私へ握手したが、その掌は一種不快な温さで、不用意な私を痛く驚かした。
「体温が恐らく三十八度五分位……」と、私は心の内でさえ、尚お吃《ども》りながら呟《つぶや》いた。

     二

 その翌晩、長い時間にわたって、停電があった。
 私は思い立って、蝋燭に火をつけ、不幸な患者、ラオチャンドの室――この室一つ丈《だ
前へ 次へ
全20ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
松永 延造 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング