無銭旅行で、然るべき幕府の武人に無心し得たものを持って、踏み出す連中もある。ほとんど名義のみとはいえ、とにかく朝廷に官職を帯びた者どもが、勝手に旅行をして公務に全く差支えがなかったかというに、それはもちろんのこと差支えがあったのだ。中に姉小路や一条家のごときその分国に永らくの滞在をしてほとんど京都に定住せず、また三条家のごときは、永らく今川氏に寄食した。こういう例は多くある。それがために宮中に祗候の人数が減る。したがって公事に事欠ける。けれどもそのころの公事というのはほとんど儀式のみであって、実際の政務というべきものでないから、差支えといったところで格別我慢のできぬほどの差支えではなく、したがってその差支えの顧慮からして遍歴を思い止まるというほどのものではなかった。また久しく京外に在ったなら、彼らの官位の昇進に影響があるかというに、この方にもたいした影響はなく、京都におらぬ者の叙任昇進には、わざわざ使者をもって遍歴先きまで辞令書を送り届けてやったから、田舎におっても昇れるだけは昇進ができた。
しかしながらすべての公卿が皆この遍歴の方法によって暮らしたのかというに、もちろんそうはいかぬ
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