[#「同じく」は底本では「国じく」]依頼によって「桐壺」の巻を書写せる際などは、その出来上らんとした日に、禁裏から召されたけれども、実隆は所労を申し立てて不参し、もって書写の功を終えたのである。その他宗祇のために、あるいは『源氏』五十四帖の外題《げだい》を認め、『新古今』、『後拾遺』、『伊勢物語』等の銘を書し、またしばしば扇面に書し与えた。扇面は、時として実隆の方から旅行の餞別に出したこともあるが、多くは宗祇の所望によったものである。中には大晦日に頼まれて、即座に書いてやったこともある。色紙を三十六枚所望されてこれを書いたこともある。かくいえば頼む方もずいぶん無遠慮なやり方と称すべきで、書いてもらった扇子や色紙を、宗祇の方でいかに処分したかというに、無論自分の翫賞のためのみではなく、人に頼まれた分もあろうし、また中にはそれでもって宗祇が自分の義理をすませたことも多かろう。大晦日に頼みに来た節などは、さすがに実隆も不平であったと見えて、その日記に「※[#「總のつくり」、「怱」の正字、399−上−19]劇中の無心といえども、染筆してこれを遣わす」といって頼むままに扇三本に書いてやった。
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