京都の得意を廻わって、筆を結びあるくのみならず、また田舎の巡業をしたものらしい。現に実隆の邸に出入した筆工のごとき、高野山の学僧だちをも得意としておったことは、実隆の日記にも見えている。筆工を喚んで筆を結ばす場合には、軸をばいずれから供給したか判明しないが、結ぶべき毛をば頼んだ方から差し出す。毛に狸毛と兎毛とあったことは今日と同様で、実隆に贈り物をする人の中には、気転をきかして兎毛を持ち込んだ者もあった。結び賃は、ハッキリとは知れぬけれど、享禄五年に実隆からして十六本の結び賃を筆工に払ったことがある。もちろん筆の種類によっても差等のあったことであろう。ただし当時における筆の供給が、一般にかくのごとき出張製造の方法によったかどうかは疑問である。おそらくは書道に心掛けのあって、特に筆に関して選り好みをし、かつ多く筆を需要した人に限って、かかる方法に出でたので、大方の人々は、筆屋の仕出し物で用を弁じておったこと、今日の需要者のごとくであったのかとも思われる。依頼によって実隆が揮毫する場合に、料紙をば多く依頼者の方からして差し出すこと、今日見る例と変わりがなかったらしい。依頼を受けた書の種類は
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