しかしながら叙述の出発点を個人にのみとり、それから拡充して社会を説明しようとするのは、企てとしてはなはだ困難である。ここにおいて予は便宜上この論文を二段に分ち、その第一段には、性質上結論であるべきはずの東山時代に関する予の意見を、先ず一通り縷述《るじゅつ》しよう。しかして第二段に至って或る一縉紳の生活を叙してみたい。結論の性質のものを前にするのは、冠履顛倒のやり方で事実を基礎として立つべき歴史家の任務を忘却したわけになるようであるけれど、一縉紳の生活をいかに綿密に叙述したとて、それのみで、時代の大勢を推し尽くすことは、とうてい不可能であって見れば、予の第一段は必ずしも第二段の結論ではなくむしろ序論の性質を帯びたものである。これを第一段として先ず説くのは、第二段において叙せらるべき一縉紳の生活の背景を画かんがためである。しかして第二段においてなすべき叙述をば、たんにこれをして如上の背景を利用せしむるのみでなく、第一段の概括的評論と相反映し、少なくもその一部分だけでも立証させたいものだと思う。読者あるいはこの論文をもって帰納によらざる空論なりとし、あるいは帰納と見せかけた演繹《えんえき》論
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