仲間入りをするであろう。その時こそ、最早《もはや》嘘も事実もない。それまではしばらく間接的証明の蓄積によりて、一歩一歩自己の信念を固められたい。自己を裁くと同一筆法を以《もっ》て他を裁けば、決して間違いは起らない。それが審神の要訣である。
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(評釈) 進歩せる神霊界の使徒との交通感応こそ、真宗教の骨子である。これがある時に、初めて宗教に生命が湧き、これがない時に、宗教商人の跋扈《ばっこ》となる。但《ただ》しくれぐれも看過してならぬことは、相手の霊界居住者の正否善悪に対する審判である。この点に於《おい》て本章の説く所は正にわれ等に絶好の指針を与うるものである。
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底本:「霊訓」潮文社
   1995(平成7)年4月20日初版発行
底本の親本:「霊訓」心霊研究会出版部
   1937(昭和12)年9月発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※難読語にはルビを適宜補いました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっていま
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