百年に亘《わた》りて、われ等の心胸に浸み込まされた信条の放棄は、非常な重大事である。願くばもっと明確な証左《しょうさ》を御願いしたい。』
[#ここで字下げ終わり]
宗教の真義[#「宗教の真義」に白丸傍点]――友よ、汝の熱心な疑惑は、われ等にとりて、この上もなき福音である。単なるドグマに捕えられず、飽《あく》まで合理的に真理を求めんとする心掛《こころがけ》――それでなければ神慮《しんりょ》には協《かな》わない。われ等は心から、そうした態度を歓迎する。われ等の最も嫌忌《けんき》するのは、そこに何等の批判も考慮もなしに、ただ外面のみを扮装した、似而非《えぜひ》人物の似而非《えぜひ》言論を鵜呑みにせんとする、軽信《けいしん》家の態度である。われ等はかかる軽信《けいしん》家の群に対して、言うべき何物もない。同時にわれ等の手に負えぬは、かの澱《よど》める沼の如き、鈍き、愚かなる心の所有者《もちぬし》である。われ等の千言万語も、遂に彼等の心の表面に、一片の漣波《さざなみ》さえ立たせ得る望みはない……。
さて汝の提出した疑問――われ等としては、これに証明を与えるべく全力を傾けるであろうが、ある地点に達した時に、それ以上は、いかにしても実証を与うることが不可能である。汝も熟知するとおり、われ等は到底打ち勝ち難き、不利な条件に縛られて居る。われ等はすでに地上の住人でない。かるが故に、人間界の法廷に於《おい》て重きを為すような、証拠物件を提示し難き場合もある。われ等は、只《ただ》吾等の力に及ぶ証明を以《もっ》て、汝等の考慮に供するにとどまる。これを採用すると否とは、偏《ひとえ》に汝等の公明正大なる心の判断に任せるより外に道がない。
われ等の所説を裏書するのには、或《あ》る程度まで、霊界に於けるわれ等の同志の経歴を物語るより外に途がない。これは証明法として不充分であるが、何とも他に致方がないのである。われ等は、地上生活中の自己の姓名を名告り、そして自己と同時代の性行《せいこう》閲歴《えつれき》につきて、事こまやかに物語るであろう。さすれば、われ等が決してニセ物でないことは幾分明白になると思う。事によると、汝はそれ丈の証明では不充分であるというかも知れぬ。成るほど狡獪《こうかい》なる霊界人が、欺瞞の目的を以《もっ》て、細大の歴史的事実を蒐集《しゅうしゅう》し得ないとは言われない。が、到底|詐《いつわ》り難きは、各自に備わる人品であり風韻《ふういん》である。果実を手がかりとして、樹草の種類を判断せよとは、イエス自身の教うる所である。刺《とげ》のある葡萄《ぶどう》や、無花果《いちじく》はどこにもない。われ等が、果して正しき霊界の使徒であるや否やは、われ等の試むる言説の内容を以《もっ》て、忌憚《きたん》なく批判して貰いたい。
これ以上、われ等は此《この》問題《もんだい》にかかり合っているべき勇気を有《も》たない。われ等の使命は、地上の人間の憐憫《あわれみ》を乞うべく、あまりにも重大である。われ等の答が、まだ充分腑に落ちかぬるとあらば、われ等はわれ等の与うる証明が、得心のできる日の到来を心静かに待つであろう。われ等は断じて、今直に承認を迫るようなことはせぬ……。
われ等がここで是非指摘したいのは、現世人に通有の一つの謬想《びゅうそう》である。人間はしきりに各自見解に重きを置こうとするが、われ等の眼から観れば、そうしたものは殆《ほとん》ど全く無価値である。人間の眼は、肉体の為めに蔽われて、是非善悪を審判する力にとぼしい。霊肉が分離した暁《あかつき》に、この欠陥は初めて大いに除かれる。従って人間の眼で、何より重大視さるるものが、われ等の眼を以《もっ》て観れば、一向取るにも足らぬ空夢、空想である場合が少くない。これと同時に、各派の神学、各種の教会の唱えつつある教義が、その根柢《こんてい》に於《おい》て、格別|異《ちが》ったものでもないことが、われ等の眼にはよく映るのである。
友よ! 宗教なるものは、決して人間が人為的に捏造したような、そう隠微《いんび》不可解な問題ではない。宗教は地上の人間の狭隘なる智能の範囲内に於《おい》て、立派に掴み得る問題なのである。かの神学的|揣摩臆測《しまおくそく》や、かの独断的戒律、並に定義は、一意光明を求むる、あわれなるものどもを苦しめ、惑わせ、かれ等をして、ますます無智と迷信の雲霧《うんむ》の中に迷い込ましむる資料としか思われない。迷信の曲路、無智の濃霧――これ等《ら》はいずれの世にありても、常に求道者を惑わせる。又人間の眼から観れば、同一宗派に属するものの信仰は、皆同一らしく思われるであろうが、もともと彼等は、暗中に摸索しているのであるから、いつの間にか、めいめい任意の解釈を造り、従ってわれ等の眼から観れば、多くの点に於
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