、わ》を、私はつい最近読んだ。
*
或る日、リルケはミュゾオを訪れることを予《あらかじ》め約束してあった一人の婦人を待っていた。その婦人は約束の時間よりもやや遅れてやって来たが、それを待っている間、リルケはその客に与えようとして、庭に出て薔薇《ばら》を摘んだ。(ミュゾオの庭には、詩人が自分の手で百株ばかりの薔薇を植えていたのである。)その時その薔薇の棘《とげ》が彼の手を傷つけた。そしてその何でもなかったような小さな傷が次第に悪化して行って、遂に壊血症の原因になったと云うのである。「つねに女性の偉大さと薔薇の美しさとを説いていた詩人はかくして一女性のために摘んだ薔薇の一つに刺されて死んで行ったのである。その最後がいかに痛ましくあったとは云え、それはリルケがかれ独自の死を死すべく選んだものであった、」とその話の筆者は云う。
そのミュゾオの館の庭には、いまでも詩人の手植の薔薇が咲いているそうである。私が他日スゥイスにも行けるような身の上になれたら、何よりも先に、そのミュゾオの館と、それから詩人の墓のあるラロンの村とを訪れることだろう。
が、それはいつのことやら……。私は
前へ
次へ
全18ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング