れを一面に臭わせていた。ただ小鳥だけは毎日異ったのが、かわるがわる、庭の梢《こずえ》にやってきて異った声で啼《な》いていた。私は窓に近よりながら、どんな小鳥だろうと見ようとすると、この頃すこし眼が悪くなってきたのか、いつまでもそれが見あたらずにいることがあった。そのことは半ば私を悲しませ、半ば私の気に入った。が、そうしていつまでもうつけたように、かすかに揺れ動いている梢を見上げていると、いきなり私の眼の前に、蜘蛛《くも》が長く糸をひきながら落ちてきて、私をびっくりさせたりした。
そのうちに、こんなに悪い陽気だけれど、ぼつぼつと別荘の人たちも来だしたらしい。二三度、私は裏の雑木林のなかを、淋しそうにレエンコオトをひっかけたきりで通って行く明さんらしい姿をお見かけしたが、まだ私きりなことを知っていらっしゃるからか、いつもうちへはお立寄りにならなかった。
八月にはいっても、まだ梅雨じみた天候がつづいていた。そのうちにお前もやって来たし、森さんがまたK村にいらしっているとか、これからいらっしゃるのだとか、あんまりはっきりしない噂《うわさ》を耳にした。何故《なぜ》またこんな悪い陽気だのにあの
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