してもう女らしくなくなってしまえたら、たとえ何処であの方とお逢いしようとも、私は静かな気もちでお話が出来るだろう。――しかし今の私は、どうも年が中途半端なのがいけないのだ。ああ、一ぺんに年がとってしまえるものなら……
そんなことまで思いつめるようにしながら、私はこの日頃、すこし前よりも痩《や》せ、静脈のいくぶん浮きだしてきた自分の手をしげしげと見守っていることが多かった。
その年は空梅雨《からつゆ》であった。そうして六月の末から七月のはじめにかけて、真夏のように暑い日照りが続いていた。私はめっきり身体《からだ》が衰えたような気がし、一人だけ先に、早目にO村に出かけた。が、それから一週間するかしないうちに、急に梅雨気味の雨がふりだし、それが毎日のように降り続いた。間歇《かんけつ》的に小止みにはなったが、しかしそんなときは霧がひどくて、近くの山々すら殆どその姿を見せずにいた。
私はそんな鬱陶しいお天気をかえって好いことにしていた。それが私の孤独を完全に守っていてくれたからだった。一日は他の日に似ていた。ひえびえとした雨があちらこちらに溜《た》まっている楡《にれ》の落葉を腐らせ、そ
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