三日で、ほんとうに秋めいて来てしまった。朝など、こうして窓ぎわに一人きりで何ということなしに物思いに耽《ふけ》っていると、向うの雑木林の間からこれまではぼんやりとしか見えなかった山々の襞《ひだ》までが一つ一つくっきりと見えてくるように、過ぎ去った日々のとりとめのない思い出が、その微細なものまで私に思い出されてくるような気がする。が、それはそんな気もちのするだけで、私のうちにはただ、何とも云いようのない悔いのようなものが湧いてくるばかりだ。
 日暮どきなど、南の方でしきりなしに稲光りがする。音もなく。私はぼんやり頬杖《ほおづえ》をついて、若い頃よくそうする癖があったように窓硝子《まどガラス》に自分の額を押しつけながら、それを飽かずに眺めている。痙攣《けいれん》的に目《ま》たたきをしている、蒼《あお》ざめた一つの顔を硝子の向うに浮べながら……

      *

 その冬になってから、私は或る雑誌に森さんの「半生」という小説を読んだ。これがあのO村で暗示を得たと仰《おっ》しゃっていた作品なのであろうと思われた。御自分の半生を小説的にお書きなさろうとしたものらしかったが、それにはまだずっとお
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